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第二十七話

 ミヒャエル王子やリーズの護りはイルク、ユミリ、ニーア、エオナの四人に任せ、私は殺意の赴くままにリチャード目指して突進する。

 アキネスは放っておいてもいいだろう。彼も一応戦えるようだし、きっと自分の身くらい自分で護れる。それに、自らイルクたちから離れるようなこともすまい。

 さすがに孤立すれば多勢に無勢だっていうのは理解しているだろうし。


「兵どもは前に出ろ! 殺人鬼をリチャード様に近付けさせるな! その身を盾としろ!」


 リチャードの取り巻き騎士の一人が兵士たちに命じるが、兵士たちは動かない。

 当然だ。

 私はこれまで、カステルラント国の兵士を何人も殺してきた。

 だからこそ彼らは知っている。私の前に立つこと、それ即ち死だということが。

 誰だって死ぬのは怖いし恐れるもの。

 中には高い忠誠心でもって恐れを捻じ伏せる猛者もいるけれど、ただの一般兵士にまでそんな心を求めるのは刻というものだ。

 だから。


「前に立つのはお勧めしないよ。動かないなら見逃すけど、動くのなら容赦はしない。私は殺人鬼だからね。殺すと決めたら必ず殺す。その線引きは、君たちが私の邪魔をするかそうでないかだよ」


 私にこういわれてしまえば、動くのを躊躇してしまう者が少なからず出てしまうわけで。

 立ち塞がった兵士は十人にも満たなかった。


「何をしている! 早く立たんか!」


「ちなみに、ミヒャエル王子に味方するなら殺さないでおいてあげる。好きな方を選びなよ」


 さらに付け加えた言葉がダメ押しとなって、兵士たちの半分以上がリチャードに反旗を翻した。

 ……ちょっとサービスし過ぎたかな。殺す人間が減ってしまった。

 まあ雑兵ばっかりだし殺しても大して美味しくないだろうし、強そうな騎士たちは誰も寝返ってないから良しとしよう。

 当然、生き残っているらしい勇者たちもリチャードについたままだ。

 濁った白いオーラを纏う女勇者が一人。


「勇者ってもうちょっと残ってると思ってたけど、少ないね? あなた一人だけ?」


「お前が殺し過ぎたんだよ! 補充のために召喚した分まで皆殺しにしやがって!」


 おう、口が悪いねぇ。


「そういうあなたも、随分殺してるように見えるけど?」


 オーラの濃さは、殺害した勇者の人数によって決まる。

 殺害数が多ければ多いほど濁るのだ。

 それなりに濁っているオーラを纏うこの女勇者は、つまりそれだけ勇者を殺害した経験があるということになる。

 目視では、あの忍者ルック勇者と同じくらい。

 つまり、それくらい強いと考えていい。

 にたりと自分の口角が釣りあがっていくのがはっきりと分かった。


「リチャード様の命令でね! 生き残っていた同僚の命を束ねたんだ! お前に対抗する、そのためだけに! お前のせいだ! お前さえいなければ、私だってこんなこと……!」


 女勇者は半ば錯乱しながらオーラを噴出させる。

 質はともかく、以前の私に迫るオーラ量だ。

 ああ、もったいない。

 以前の私なら(・・・・・・)いい勝負になったろう(・・・・・・・・・・)()

 出し惜しみして絞っていたオーラの出力を上げる。

 黒い暴風となったオーラは稲光すら纏い、半透明だった数多の死者たちの姿を顔だけでなく首から下まで完全に実体化させる。

 これこそが、辿り着いた殺人鬼としての私の領域。

 殺せば殺すほど兵力が増える、私だけの死者の軍隊。

 怨嗟を撒き散らしながら、私が殺めた者たちが私の手足となって騎士たちに襲いかかる。

 今まで星の数ほど殺してきた街のチンピラや一般兵士だけではない。騎士や魔術師なんかの姿もある。これらは主に私が召喚された当初に殺した奴らだ。

 そして勇者たち。候補を含め、六十人以上は堅いだろうか。クラス二つ分にプラスアルファでいくらか増えているから、総人数はもっと上にいくだろう。

 私以上に勇者を殺した勇者はいないはずだ。

 何しろ選別時にクラス全員皆殺しにできるということ自体がまずない。

 生き残ったとしても、その時点で殺すことができるのはせいぜい十人に満たないのが普通。

 当然だ。戦っているのは一人だけではないのだから、時間が経つごとにどんどん殺せる人数は減っていく。

 幽鬼のような勇者たちが走り出す中、一人だけ走り出さない勇者がいる。

 私の黒いオーラに半分以上侵食されながらも、中心ではっきりと力強く輝く、見覚えのある透き通った紫色の綺麗なオーラ。

 かつて私が殺した、早乙女京子ちゃんだった。


『……何か、こんな形で再会するのは、どうなのよ』


「まあ、いいんじゃない? それはともかく、仕事仕事。これでも一応善行よ?」


 完全に私のオーラに全てのオーラを侵食されている他の勇者に比べ、京子ちゃんは自分のオーラも自我も残っていた。

 どういう理屈かは分からないけど、少し嬉しい。


「全部終わったらまた殺し合いできるね」


『絶対嫌。二度死ぬのはごめんよ。この状態で死ねるかどうかは怪しいけど、痛いのだってもうたくさん』


 断られた。

 まあ仕方ないね。私自身のオーラで肉体が構成されている今の京子ちゃんと殺し合うのも、何だか違うような気がするし。


「貴様……! 死者の魂を捕らえているのか! 何と邪悪な!」


 リチャードが激怒してるけど、勇者召喚して殺し合わせてた国の王子がいえる台詞ではないと思う。


「んー、じゃあ仕方ないか。好きにして。多少なら殺しても文句いわないから」


『一応聞いておくけど、それはどういう意味で?』


「私の殺せる人数がさらに減る的な意味で」


『ああ、あんたってそういう人間だったわね』


 納得してもらえたようで何よりです。

 私と一緒に京子ちゃんも走り出す。


「くそ、マガツを近付かせるな! 私を護れ!」


 リチャードがうろたえて回りの騎士たちに命令する。

 近衛騎士たちはさすがの忠誠心で、がっちりとガードを固めて私たちの前に立ち塞がった。


『先に行って。こいつらは私が引き止めておくから』


 どうやら露払いをしてくれるつもりなようで、京子ちゃんはそういい残して立ち塞がる騎士たちに飛び掛かった。


「殺し過ぎないでねー」


『あんたみたいな殺人鬼と一緒にしないで!』


 騎士たちと斬り結びながら、京子ちゃんは律儀に言い返してくる。楽しい。

 遠慮なく騎士たちを任せて、リチャードの前まで駆け抜けた。


「だ、誰か! 誰でもいい! 私を護れ!」


 リチャードは表情を恐怖に歪めて回りを見回す。

 しかし、兵士も近衛騎士も勇者も私が実体化させた騎士たちの相手をするのが精一杯で、近寄ってくる様子はない。

 特に京子ちゃんがかなりの猛威を振るってる。

 他の勇者の死者たちはオーラの特殊能力を使う知能もないみたいなのに、生前の自我を完璧に保っているせいか、あの空間跳躍する刃を縦横無尽に振っている。えげつない。

 そのうちの一刀がリチャードの頬を掠めた。


「ひぃっ!」


「ちょ、それ私の獲物!」


『ごめん手が滑った』


 一応謝ってるけど半分くらい本気な気がする。何しろ京子ちゃんがこうなったのも元を正せばリチャードのせいだともいえるし。

 まあ、直接殺したのは私だけどね!

 護ってくれる味方がいないことを悟ったリチャードは、今度はミヒャエル王子に向かって走り始めた。

 目の前の敵に夢中で全く反応しない死者たちの中、京子ちゃんだけが目で私に問い掛ける。


『追った方がいい?』


「いいや。私が行くよ」


『了解。遠慮なくどうぞ』


 どうやら京子ちゃんもリチャードには思うところがあるらしく、私を止めなかった。

 ちなみに白いオーラの女勇者はどさくさに紛れて私がきっちりと止めを刺している。

 京子ちゃんと空間跳躍刃とちょっと競り合ったけど私の方が早かった。

 たぶんあれは確信犯だね。きっと私がことごとく生前に京子ちゃんの成長の目を潰したことを根に持っているに違いない。


「た、助けてくれ、弟よ!」


「兄上。それはできぬ。私たちは玉座を欲する敵同士。そう定めたのはあなたの方なのだから」


 ミヒャエル王子は縋りつくリチャードを突き飛ばす。

 そこへ、私が追いついた。


「私、ずっと決めてたの。お前は私の手で殺すって」


 万感の意を込めて、リチャードの首をはねた。



■ □ ■



 全てが終わって、旅支度をした私を、ミヒャエル王子が見送りに来た。


「これでお別れですわね。本当にお世話になりました」


「……見送りに来るとは聞いていたけど、まさか、女装姿だとは思わなかったわ」


 華やかな衣装を身を纏って現れた美少女を見て、私は思わず笑ってしまう。

 女装したミヒャエル王子に付き添っているリーズが、私に責めるような視線を送る。


「マガツ、本当に殿下の戴冠式には出席されないのですか?」


「めでたい門出に殺人鬼は必要ないでしょう。私は帰る」


 何としてでも出席させたいという決意が透けて見えるリーズに、私は肩を竦めることで答えた。

 戴冠式に殺人鬼がいるなんて縁起が悪すぎるでしょ、さすがに。


「一応聞いておきますけれど、カステルラントに留まるつもりはありませんか? 今なら王妃の座をお付けしますよ?」


 私の考えを察しているのか、ミヒャエル王子の引き止めは形式の域を出ない。

 ていうか殺人鬼が王妃とかやばすぎるでしょう。


「んー、ないわね。私には、ルートリーマのあのクソみたいな路地裏の方が居心地がいいのよ」


「なら仕方ありませんわ。道中お気をつけて。賊に襲われないとも限りませんから」


 ミヒャエル王子には一度奴隷送りにしたことで恨まれていてもおかしくないから、用済みになった私を賊に襲われたと見せかけて暗殺するくらいはやりそう。

 むしろそうだったらいいんだけどな。私も気兼ねなくミヒャエル王子を殺しにいけるし。


「大丈夫よ。むしろ私にとってはご褒美に過ぎないわ。殺してもいい人間が増えるんだもの」


「……本当に、恐ろしい人。あなたが味方でよかった」


 何故か嬉しそうに微笑むミヒャエル王子の姿を見ると、期待は薄そうだ。

 まあいい。

 味方だろうと敵だろうと、その時が来たらするべきことは変わらない。

 人斬りサイコパス殺人鬼の愛は、殺意と同じだ。


「いずれ、君が寿命で死ぬ頃になったら殺しに来るよ。それまでにやりたいことをやっておくといい」


「ええ、そうしますわ」


 さようなら、ミヒャエル王子。


「マガツ。あなたを愛しています」


「ええ、ミヒャエル。私もあなたを愛しているわ」


 別れの口付けを最後に、私はカステルラントを後にした。



END


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