第二十六話
ついにこの日が来た。
リチャードからミヒャエル王子へと、月下亭に招待状が来たのだ。
王城にて、どちらが王として相応しいか、互いに代理人を立てて武を以って決すべし。
こんな感じに文章を添えて。
ちなみに招待状を持ってきたのはアキネス。
私と同じように、リチャード派についているフリをして密かにミヒャエル王子に与することに決めた人物である。
まあアキネスの場合は、心の底からミヒャエル王子を応援しているわけじゃなくて、私を敵に回して殺されるのを恐れているだけみたいだけど。
「貴殿は確か、カステルラントに来る際に見た顔だな。そうか、兄上の部下だったか」
「正確には、リチャード様が掌握している情報部の人間ですけどね。どっかの誰かが暴れたせいで今や情報部はガタガタですよ。新王が即位したら、何よりもまず情報部の建て直しをしていただきたいものですな」
「なるほど。善処しよう。貴様が兄上の手の者でなければの話だが」
「ハハハハ。手厳しいですねぇ。大丈夫ですって。俺が本当にリチャード側でしたら、とっくに横の殺人鬼に殺されてますよ」
殺人鬼いうな。間違ってないけど。
そしてちらりと私を見たミヒャエル王子は、何故か納得したように頷いた。
「確かに。マガツが誰かを殺すチャンスを我慢できるとは思えぬ」
うぉい! そんな私が我慢できない子みたいみたいに見えるの!?
遺憾の意砲を発射するぞ! なお、威力はゼロのもよう。
「失礼なこというねーミーくん」
「なんだその呼び名は」
「ミヒャエル王子だからミーくん。可愛くない?」
「ならばこれから私もお前のことをマガつんと呼ぶぞ」
恐らくミヒャエル王子は私が恥ずかしがると思ったんだろうが、人斬りサイコパス殺人鬼なめんな。
「よしじゃあそれでいこう」
「え。ちょっと待て」
即決した私に、ミヒャエル王子は慌てて待ったをかけようとする。
待たないよミーくん! さあ君も私のことをフレンドリーにマガつんと呼びたまえ! 何ならマガつん☆ でも構わんぞ!
「ぷくくくくくくく」
「おいたわしや、ミヒャエル様……マガツにあのように手玉に取られるようになってしまって」
腹を抱えて笑いを堪えようとして失敗しているアキニスと、目頭をハンカチで押さえているリーズが、私とミヒャエル王子のやり取りを見守っている。
「おい止めろ、私が悪かったから!」
「よしミーくん女装してリチャードと会おう」
「どうしてそうなる!?」
ミヒャエル王子の表情が引き攣り、我慢し切れずにアキニスが噴出した。
「ぶふぅ!」
「ああおいたわしや。ミヒャエル様のことですからきっと最後には押し切られてしまうに違いありません」
かといって止めないリーズも結構いい性格をしていると思う。
止めても無駄だと思って諦めているのかもしれないけれど。
「いっそのこと私男装しようかな? ねえどう思う? ミーくん」
「マガツ貴様暴走し過ぎだ!」
「違いますぅー、マガツじゃなくてマガつんですぅー」
「ああもうこれだからマッ、マッ、マガつんは!」
顔を真っ赤にするミヒャエル王子はもう男のままでもかわいい。殺してしまいたい。
「ぶふほお!」
もはやアキネスは顔面が笑いで崩壊したようだ。
「もはや普通の男女逆転カップルですわね。恥ずかしがるミヒャエル様もまんざらではない様子ですし」
ため息をついてリーズは私とミヒャエル王子に生暖かい視線を送っている。
私の真意を告げてから、リーズは私を信用してくれるようになった気がする。
ミヒャエル王子と二人きりでいても、私からミヒャエル王子を庇おうとすることがなくなった。
信用される殺人鬼ってどうなんだって思わなくもないが、信用されて悪い気はしない。
「ゲホッゲホッ、仲がいいのはいいことだと思うけど、そろそろ出発してもいいかな? できれば僕の腹筋が無事なうちに出られると嬉しいんだけど」
アキネスが腹を押さえて苦笑しつつ、話を軌道修正してくる。
そうだよ。元はといえばリチャードの誘い、つまりミヒャエル王子に対する罠の話のはずだったのに、どうしてあんなカオスな話になった。
私のせいですね分かります。
「そうだな。早く出かけよう。兄上に妙な気を起こされても困る。悪いなマガツ。今回ばかりは冗談も女装もなしだ」
「まあいいわよ。真剣な場なんだから空気は読むわ」
そういうと、何故かミヒャエル王子とリーズとアキネスにジト目で見られた。
何故だ。解せぬ。
「ところで、移動は馬車?」
「うん。僕が御者を務めるよ。もう表に待たせてある」
尋ねると、アキネスは親指で玄関口を示す。
「少し待て。すぐ準備しよう」
「あ、ミヒャエル様。お手伝いいたします」
ミヒャエル王子が準備をしに部屋に戻り、リーズがそれに続く。
「楽しそうですね」
「そう見える?」
話しかけてきたアキニスに問い返し、私は笑う。
「本当に、あなたは怖い。笑いながら表情を変えずに人を殺すことができる。それがどんなに親しい相手でも」
「買いかぶり過ぎ。私だって、親しい人を殺したいと思っても、実行するかどうかは悩むさ」
「殺したいと思っていること自体は否定しないんだね。相手がミヒャエル王子でもそうなのかい?」
「殺人鬼だもの。例外はないよ。行動に移すかどうかは別として、そういう衝動があることは否定しないよ」
どこまでいっても、結局のところ私は異常者だ。
そして異常者とは、かくあるべきものである。
■ □ ■
私、リーズ、アキネス、あと念のためイルク君、ユミリちゃん、ニーアちゃん、エオナちゃんたちも伴って王城にやってきたミヒャエル王子を、リチャードは尊大に玉座の上から見下ろした。
「愚弟よ。よく怯えずに私の前に出てきたな。それだけは褒めてやろう」
「……兄上。まだ王位継承が決まったわけでもないのに、玉座に座るのは時期尚早だと思いますが。王の資質が疑われますよ」
余裕ありげなリチャードの笑みがたちまち引き攣った。
案外煽るなぁ、ミヒャエル王子。
いや、彼のことだから煽っている自覚はないかもしれない。ただ純粋に、思ったことを口にしただけで。
でも今の台詞は、リチャードの薄い仮面をはがすには十分だったようだ。
リチャードは自分が圧倒的優位に置かれていると自覚しているはずなのに、煽り耐性がなくてえらく沸点が低い。
圧倒的優位にあるからこそ舐めた口を聞かれるのが許せないのかもしれないけど、そこは年上の威厳を見せて流すべきなんじゃない?
「ふん。減らず口を叩いていられるのもここまでだ。代理人を立ててきたか? その奴隷たち以外には姿が見えんが」
私とリーズ、アキネスを意識的に外してリチャードはいった。
彼にとっては私たちは味方だろうから、当然の判断だ。
そしてイルク君たちも私の奴隷だから、私の命令には従うしかない。
「ええ。私の代理人はマガツです」
「奇遇だな。私の代理人もマガツなのだ」
にたあとリチャードは笑みを浮かべてみせる。
対するミヒャエル王子は僅かに歯を食い縛ったものの、それだけだ。
大丈夫だよ、ミヒャエル王子。裏切りはしない。
「それだけではない。こちらに来い。リーズとアキネスよ」
今度こそ、ミヒャエル王子の視線が不安で揺れた。
リーズとアキネスが私に振り向いて判断を仰いでくる。
私が歩き出すとリーズが目をむき、アキネスがやれやれとリーズの肩を押して苦笑してついてくる。
「マガツ、話が違うではないですか!」
「いーのいーの。ちょっとした余興というか、リチャードに対するおちょくりだから」
私の前に立ち塞がって小声で抗議してくるリーズに私も小声で返す。
「何を話している! さっさと来い!」
足を止めてしまったのでリチャードに怒られた。
唖然とするリーズに肩を竦め、また歩き出す。
アキネスが立ちすくむリーズの肩を叩き、我に返らせて歩き出させる。
なんか「またマガツの妙な気まぐれが……!」とかリーズの怨嗟の声が聞こえてきたような気がするけど知ーらなーい。気のせい。きっと。たぶん。メイビー。
私は玉座に座るリチャードの左隣に立つ。
しぶしぶリチャードの右隣に立つリーズと、にこやかな笑顔で同じようにリチャードの右隣に立つアキネスの表情が対照的だ。
もうアキネスは完全に他人事で事態を面白がってるな。
「どうだ。これが現実だ。そして、マガツが私の味方だということは当然その奴隷たちも私の手駒だということだ。来い」
驚いた表情になったイルク君たちは、私にどうすればいいのか視線で判断を窺った。
頷くと、納得がいかないような表情を浮かべてやってきて、小声で問い掛けてくる。
「どういうことですか」
「ただの余興さ。黙って見てて」
イルク君たちは私の奴隷だから、基本的に命令には逆らえない。不服そうな顔をしつつもいう通りにしてくれた。
「貴様に味方する者などいないということだ。愚弟よ。さあ、マガツ。我が弟ミヒャエルを殺させてやる。私についた見返りだ」
私は笑顔で、あくまで姿勢はミヒャエル王子に向けたままリチャードの鼻っ柱に右肘を叩き込んだ。
派手な音とともに、衝撃でリチャードは玉座から転げ落ちた。
「何をする!?」
「気に入らない命令をされたから、身体で拒否しただけだけど?」
鼻から血を垂らして怒鳴るリチャードに、私は嘲笑を送ってやった。
「前にもいったわよね? 私は殺し屋じゃない。ミヒャエル王子を殺す時期は私が決める。殺人鬼だもの。好きな時に好きなように殺すつもりよ。だけどそれは今じゃないの」
私が歩き出すと、迷わずリーズとアキネスがついてくる。一拍遅れて、イルク君たちもついてきてくれた。
「それにさ。今はミヒャエル王子についた方が楽しめそうなのよね。だって、あなたたち全部、私の敵に回ってくれるでしょう?」
リチャードは自らの圧倒的優位性を見せ付けるためか、玉座の間にたくさんの騎士や兵士、さらには生き残りの勇者たちまで動員していた。
……実は先ほどから身体が疼いて仕方ないんだ。
戦いたい。殺したい。そんな欲望を、必死になって堪えている。
「マガツ……」
「いったでしょう。私はあなたの味方よ、ミヒャエル。もう一度いわないと分からない?」
ミヒャエル王子を背に、私はもう一度宣言をした。
「望みのままに、全てを殺し尽くします。どちらかが死ぬその時まで、共に屍山血河を築きましょう。私のお姫様」
意表を突かれたといった顔でハッとした表情を浮かべたミヒャエル王子は、顔をくしゃりと歪めて笑った。
「そうだったな。ならば。お前が思うままに、殺したいものを殺すがいい」
「さすが、そこのボンクラ王子と違ってあなたは殺人鬼の扱いを分かっていらっしゃる。私は殺すことしかできない殺人鬼ですが──」
ようやく事態を悟り顔色を蒼白にするリチャードを見据え、にたりと笑う。
「それであなたを護れるのなら、喜んで殺し尽くすといたしましょう」
オーラを開放し、暴虐の嵐を巻き起こした。




