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第二十五話

 どうやら話の内容を盗み聞くに、リーズがアキニスの手引きでリチャードと接触し、嘆願をしているらしかった。

 ……なんでただ村から出稼ぎに来ているだけなはずのアキニスにそんな伝があるんだろう。

 これは、アキニスが語った経歴は真っ赤な嘘ってことかな。

 リーズが嘆願した内容は、ミヒャエル王子の助命だ。

 リチャードが王になれば、このままだと確実にミヒャエル王子はなんだかんだ理由をつけられて殺されるだろうから、リーズは何とかそれを回避したいんだろう。

 対するリチャードは、薄笑いを浮かべている。まるで「分かっているな?」とでもいいたげな表情。

 アキニスがやれやれと苦笑して退室し、部屋にはリチャードとリーズのみが残される。

 そして、リーズが歯を噛み締めると、静かにメイド服を脱ごうとする。

 ……これはアレですか?

 聞き入れて欲しければ身体を差し出せ的な。

 うーん、どうしよ。

 とりあえず介入しようか。


「高貴なお方にしては、中々下衆い趣味をお持ちで」


「なっ、誰だ!?」


 叫んで辺りを見回すリチャードに、驚いた表情を浮かべ、リーズは思わずといった様子ではだけかけたメイド服を押さえる。

 その渦中に、私は天井の板を外して飛び降りた。

 ついうっかりリチャードの真上に着地してしまったが、まあ王子っていうくらいだし広い心で許してくれるに違いない。

 まあ許してくれなかったら殺すだけなので、私としてはどっちでもいい。殺すのが早くなるか遅くなるかの違いだけだ。


「おハローハローリチャード様。いけませんねぇ、権力を傘にしてこんな手段に出るなんて。同じ女として見逃せませんよ」


 彼をからかう意味も兼ねて私は思ってもいないことをいう。

 まあ、私も一般常識くらいは知っているので、こういう他人の弱みに付け込む行為は良くないことだと知っているが、いかんせん人斬りサイコパス殺人鬼なのであくまで知識として知っているだけになってしまっている。

 私自身が保有する善悪の価値観は酷く歪だが、それはそれ。一般常識としての善悪の価値観をちゃんと理解していれば、案外なんとかなるものだ。

 実際、日本にいた頃は私はずっとその方法で自らを偽って生きてきた。

 自分で自分の手足を縛るような行為だったけれど、当時の私は自分の異常性を治したいと思っていたから、苦ではあっても我慢できないほどではなかった。

 それが異世界に召喚されて、見事に悪化して名実ともに殺人鬼になるなんて、当時の私が知れば私同士で血で血を洗う殺し合いになるに違いない。

 だから良くも悪くも、異世界召喚は私にとって一種のターニングポイントだったのだろう。

 そういった意味でだけは、私はカステルラントに感謝している。

 もう、自分の心を偽る必要はない。だって、それほどまでにヴァンデルガルドには悪党が多いのだ。心の赴くままに、好きな時に好きなだけ殺しができる。


「マガツか。今は忙しいのだ。出て行け」


「ええ、出て行きますよ。それじゃあリーズ、一緒に行きましょう」


「え? え?」


 事態についていけてないぽかんとした顔で、リーズは私に手を引かれるがままについてくる。


「おい! 誰がそれを持っていっていいといった!」


「それってどれのことですか? この場には人間しかいないので失礼させていただきますね」


 思い切りとぼけて部屋を出ると、ニヤニヤしているアキニスと目が合う。

 そのままアキニスは廊下を歩く私とリーズについてきた。

 何だ何だ。


「いやあ、護衛してもらってた時も思ったけど、君面白いねぇ」


「そういうあなたはキャラが崩壊してますねぇ」


「あ、それ、こっちが地だから。ごめんね嘘ついて」


「別に気にしてませんよ。敵ならどうせ殺しますし」


「いや、殺されるのは勘弁かな。僕まだ死にたくないんだ」


「なら早めに旗色を変えることを勧めます。私、敵には遠慮も差別もしない主義なんで」


「つまりそれはどういう意味だい?」


「敵に回った相手はもれなく皆殺しにしますよっていう意思表示ですね」


「……君は、どっちの味方なんだい?」


「私は人間的にできた人と、たくさん殺しをさせてくれる人が好きですよ」


「そ、それは漏れなく全員皆殺しにしようと思ってるわけじゃないよね?」


 回答はさっき口にしている。

 私はにっこりと満面の笑みを浮かべた。

 これで分かれ。


「え、何その笑顔! 怖いんだけど!」


 人の笑顔が怖いとか失礼な。

 マガツちゃんのパーフェクトスマイルをくらえ。


「……殺気が乗っていますよ、笑顔に」


 何か青い顔色のリーズにまでいわれた。

 あれぇ?



■ □ ■



 どうやら、アキネスはカステルラントの密偵というか、情報を扱う部署の人間らしい。

 これは道すがらアキネスと話していて気付いたこと。

 そして、その部署で一番の戦力だったのが、私がかつて倒した忍者ルックの勇者。

 アキネスがいうに、同僚は現在ほとんどが殉職しており、まともに仕事が回っていない状況だという。

 うん、どう考えても私のせいだね。

 思うに、アキネスの同僚というのも、あの勇者が率いていた忍者っぽい集団だったのだろう。

 それを私が皆殺しにしちゃったものだから、現状アキネスは物凄く苦労していると。

 なるほど分かった。しかし反省はしない。


「まあいいけどね。今となっては襲撃役に回らなかった自分の判断を英断だと褒め称えたいくらいだし」


「確実に私に殺されてたでしょうね」


 他人事のような口調の私だが、分かりきっている事実なので仕方ない。敵は殺す。殺人鬼たる者の基本である。


「というわけで、今更リチャード王子に義理立てする理由もないから、見逃して欲しいなぁ、なんて」


 にこやかに笑いながらも、アキネスの口元は僅かに引き攣っていた。

 もしかしたら、私のことをいつ爆発するか分からない爆弾みたく思っているのかもしれない。

 実際印象としては間違っていないだろう。

 召喚されて早々に大量殺戮をやらかした挙句に行方を眩ませた上、潜伏したのが隣国でありカステルラントの仮想敵国でもあるルートリーマ。

 アキネスのみならず、彼の同僚たちやあの忍者勇者にとってしてみても、私がどんな行動を取るか気が気でならなかったろう。

 彼らからしてみれば、最悪私がルートリーマ側について戦争を仕掛けてきても何の不思議もなかったのだ。

 実際は、ただの人斬りサイコパス殺人鬼である私にとって、そんなことをする理由はこれっぽっちもなかったのだけれど。

 元々生き辛い環境で生きていたから、召喚されたことには驚いたけれど元の世界にはあまり未練はないし、カステルラントという国をどうこうしようという気持ちもない。

 思い出の刀は向こうに置いたままだし、お世話になった先生たちや保護司の人たちのことも気になるけれど、今となっては考えても仕方のないことだ。


「うーん、どうしようかなぁ」


 冗談半分、本気半分で迷う素振りを見せると、アキネスは見るからに焦り始めた。

 機嫌を損ねたら私に本気で殺されると思っているのかもしれない。


「あの、マガツ様。お戯れはその程度にして、今は脱出することを優先なされた方がよろしいのではないでしょうか」


 アキネスの反応で遊んでいるとリーズに突っ込みをもらってしまった。

 そうだった。私、ついさっきリチャードのことを散々からかって出てきたんだよね。

 プライドの高いリチャードのことだから、かなり頭にきてそう。

 まあそれで短絡的に殺しにかかるなら、こっちも先に仕掛けるだけなんだけど。

 とりあえずリーズを保護したことだし、帰ろうかな。

 リーズの手を引いてその場を後にしようとしたら、きょとんとした顔のアキネスに声をかけられた。


「あれ? 殺さないのかい?」


「殺して欲しかった? なら殺すけど」


「い、いや。結構だよ」


 思わず出てしまったといわんばかりの台詞に正直に答えると、首を横にぶんぶんと振ってアキネスは拒否した。

 ちぇ。つまんないの。


「ところで、リーズはリチャードと会って何をするつもりだったの?」


「今ここでそれを聞きますか」


 リーズは僅かに頬を染め、何かをいい難そうにしている。


「答える前に一つだけ聞かせていただけますか?」


「ん? 何かな」


「あなたはリチャード王子とミヒャエル様のどちらの味方なのですか?」


「あ、それは俺も知りたいな。それによって俺の立ち位置も変わってくるから。君を敵に回すと死ぬしかなさそうだしねぇ。敵になりたくないんだ」


 アキニスはともかく、リーズ自身はあくまでミヒャエル王子のためを思っての行動のようだ。


「んー、二人にならいってもいいかな? 立場的にはリチャードだけど、心情的にはミヒャエル王子の方だから、土壇場で裏切るつもりだよ。だから、二人とも死にたくなかったらミヒャエル王子についておくといいよ。あ、もちろん私としては殺せる人間が増えるからリチャード側でもいいけどね」


「その台詞を聞いて、ますます思いました。あなたとミヒャエル様を二人きりにするわけには参りません」


「うん、そんなことを聞かされてまだリチャードに肩入れする気は微塵もないな。リチャード王子についてたのも上の判断だし、僕自身はさっきもいったけど君を敵に回しさえしなければどっちでも構わない」


 どうやら、ミヒャエル王子は私以外にも二人の心をがっちり掴んだらしい。

 いや、これを掴んだというのかどうかは微妙だけど。

 リーズはともかく、アキニスは見るからに私がついたから便乗したのだろうし。

 まあ、私としては悪くない結果だ。

 後は、舞台に役者が揃うのを待つだけである。

 早く殺したいなぁ。


「……あの、マガツ様、どうしてそんなうっとりと乙女のような顔をしているのですか?」


「あまり深く考えない方がいいよ。この女狂人だから。きっとどうやって誰を殺そうか妄想に浸ってるんだよきっと」


 そこの二人、割といいたい放題いってくれるね? まあいいけどさ。


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