第二十三話
その後、私は速やかにリチャードとの面会を許された。
「……あまり、城下で騒ぎを起こさんでもらえると、有り難いのだがな?」
リチャードはかなりこめかみをピクピクさせていた。
うっすらと笑顔らしい表情を浮かべて取り繕っているものの、怒りが隠しきれていない。
あ、ちょうちょ。
城の中なのに、どこから入ってきたんだろ?
そういえば、小さかった頃は殺人衝動を満たせなかったから、虫とか殺して飢えを凌いでたなぁ。
皆が嫌がるゴキブリとかも私は大好きだった。獲物的な意味で。
人間以外で獲物として相手して楽しかったのは、ゴキブリじゃなくて毒蛇だったけど。
下手をしたら自分がやられるという緊張感があるのがいい。
一方的なのもそれはそれで楽しいけれど、量が多いと作業感があっていまいち好きになれない。
適度な量だったらゲームみたいに無双できて面白いんだけどね。
「おい、聞いているのか?」
「あ、ごめん聞いてなかった」
急に話しかけられて思わず素で返したせいか、リチャードのこめかみのぴくぴくがかなり大きくなった。
「怒っていると禿げますよ。ほら、スマイルスマイル」
「貴様、ふざけているのか!?」
にへら、と笑ってみせるものの、どうやらリチャードはお気に召さなかったらしい。
リチャードの側に立つ護衛らしき騎士から、殺気が漂っている。
襲い掛かってきてくれたら嬉しいなぁ。
「で、なんの話ですか?」
私が用件を促すと、リチャードは歯を食い縛り、力いっぱいテーブルを叩いた。
「貴様が仕出かした不始末のことについてだ!」
「はて、不始末? 私には全く記憶にございませんが」
リチャードの口元から歯軋りが聞こえてきそうな勢いである。
「き、貴様が勇者でなければ無礼討ちにしてやるものを……!」
「そうなる前にあなたを殺して逃げるのでお気遣いなく」
なまじハンサムなだけに、陰険さやプライドの高さが滲み出ている顔立ちがもったいない。
悪役顔って損するよね。
まあ私は、正統大和撫子的武道ヒロインの皮を被った人斬りサイコパス殺人鬼なわけですが。
少年院では「どうしてこんな子が……」とかよく嘆かれていた。
ついに我慢しきれなくなったか、王子の側にいた護衛騎士が抜剣して襲い掛かってきた。
「ばっ、止せ!」
「沸点低いねぇ君」
勢いはあるけれどもとても読みやすい剣筋を見切り、薙ぎ払いの一撃を紙一重でかわしてその剣の上に飛び乗る。
硬直する護衛騎士。
どちらかというと曲芸の領域だけど、案外安定感あるな。
「ねえリチャード様。この人殺しちゃっていいよね?」
「……止めろ。人的資源の浪費は慎め」
「あ、ごめん。もう殺っちゃった☆」
てへぺろ、と私は血刀をぶら下げうざ可愛く舌を出して笑う。
足元には鎧の隙間から血を流して倒れた護衛騎士。
板金鎧は相応に硬いから、私もオーラを使わないと両断は難しい。だから、普段はこんな風に継ぎ目を狙ったりして工夫する。
大抵は鎖帷子とかで覆ってるけれど、これも突きならある程度対処できるしね。
リチャードは私を睨みつけた。
「お前は、カステルラントの人材をどれだけ損失させれば気が済むんだ!?」
「不可抗力ですー。向こうから襲ってくるんですー」
「ならば態度を改めろ!」
「嫌ですー」
やばい。おちょくるの案外楽しいかもしれない。
「くそっ、話がまるで進まん!」
「怠慢はいけませんねぇ」
「黙れ!」
思わずといった様子で叫び、ハッとした顔になって深く、深く深呼吸を行ったリチャードは、いつの間にか身を乗り出して中腰になっていた姿勢を取り直して優雅に椅子に腰掛けた。
いかにもな取り繕いました感が凄い。
「……話が進まん。さっさと用件をいえ」
「ああ、そうだった。これ、あげる」
私は手に持ったままだったシュークリームの紙袋をリチャードに手渡した。
これにてミッションコンプリート。
「ぬ? 何だこれは」
「貰い物だけど、食べきれないからおすそ分け。シュークリームっていうお菓子よ」
さすがにこの場で口にするような真似はせず、リチャードは机に紙袋を乗せるに留めた。
「……まあ、受け取っておこう。礼ついでに一つ教えておいてやる。ミヒャエルの回りは私が掌握済みだ。情報は逐一伝わってくる。戯れに奴隷をミヒャエルの私兵に仕立てたようだが、妙な気は起こすなよ」
掌握ガバガバすぎない?
私がイルク君たちを助けたのは、別にミヒャエル王子のためってわけじゃないんだけどなぁ。
■ □ ■
やることは終わったので、堂々と城の正門を通って帰る。
私たちを追いかけていた兵士さんたちが出迎えてくれた。
何やら深刻そうな顔で話していた彼らは、私に気付くと散り散りになって逃げていく。
ええええ、どこ行くの。
随分と怖がられてしまっているようだ。
そこまで怖がらなくたっていいのになぁ。
別に、誰でもいいから手当たり次第に殺したりなんかしないのに。
大体向こうから仕掛けられて、それの対応ついでに殺すだけだから、仕掛けられなければそもそも私に殺す理由がないから殺せない。
ただ楽しいという理由だけでの殺しはやらない。それが私なりのルールだ。
治安維持に貢献するとか、身を護るためとか、そういう理由をいつもつけてる。
まあ、屁理屈といえばそれまでだけど。
殺人を正当化するつもりはないよ。どんな理由があれ殺人は罪であり、殺人者は犯罪者だ。死刑執行人とか一部の特殊な例はともかく、許されることじゃないのは承知している。
それでも行うのは、私がそういう人間だからだ。私は人斬りサイコパス殺人鬼。精神構造からして他人とは違う。殺人を悪いことだと知っているし、悪いことだとも感じている。でも、結局それはただの知識で、簡単に私は禁忌の壁を罪悪感なく乗り越えてしまえる。
あ。リチャードから動く時間聞きそびれた。……まあいいか。動くかどうかもまだ分からないし、動いて何をするかも知らない。
知らないから、ぶち壊しにしてもいいよね?
現在時刻は夕暮れで、家々の煙突からは炊事の煙が上がっている。
ルートリーマでもカステルラントでも、暖房のためだけの暖房、炊事のためだけ炊事なんてものはなくて、大抵は両方を兼ねている。炊事をすることで部屋を暖め、部屋を暖める熱で炊事をする。
昔、日本の家庭が石油ストーブの上で餅を焼いたり薬缶の湯を沸かしたりというのと同じだと思っていい。まあ、薬缶の方は加湿という意味もあるかもしれないけど。
何事もなく月下亭に着く。
ごろつきに絡まれることを密かに期待していたけれど、さすがにルートリーマ路地裏ほど治安は悪くない。いや、あそこが悪すぎるだけかもしれない。
「あ、マガツさんおかえりなさい」
月下亭に入るとイルク君が女の子たちと食事を取っていた。
金髪おさげのちょっと素朴だけど可愛い女の子、魔法使いのユミリちゃん。
若草色の長い髪の両側を編みこんだロングヘアーのクールな女の子、弓使いのニーアちゃん。
銀髪ポニーテールが活動的な、健康的で小麦色に焼けた肌の女の子、戦士のエオナちゃん。
見事なハーレムパーティだ。
「モテモテだねぇ。私も入っていい?」
「気付いたらマガツさんに全員斬り殺されていそうな気がするので嫌です」
ふざけて私もハーレムに入れてっていったら、イルク君に真顔でお断りされた。解せぬ。
まあ、私も冗談でいっただけで、実際オーケーされても困ってたわけだけど。
愛とか恋とか私にはよく分からんし。私の場合殺意で全部片付いちゃうから。
さりげなく観察してみると、急がしそうにリーズが働いていた。
時間的には食事時だから、ちょうどピークの時間帯だ。
「そういえば、ミシュエラは?」
「部屋にいると思いますよ。今日はどこかへ行くとはいっていなかったので」
「ありがとー。様子見てくる」
イルク君に礼をいいつつ、階段を上って二階へ。
部屋に入ると、女装したミヒャエル王子が出迎えてくれた。
……本当に、男に見えないなぁ。分かってても女にしか見えない。これで声も完全に女声に変えられるし、今じゃ股間もちょっとの工夫で玉と棒を体内にしまってしまえるから、股間に手を当ててももう分からない。
「……ねえ、マガツ。入ってくるなりわたくしの股間に手を当てるのは、どういう了見なのかしら?」
「わあ。本当にまっ平ら。ないよ。凄い」
「それはそれは、ありがとうございます。マガツが切欠で仕込まれた技術ですもの、マガツに見せることができて良かったですわ」
「私の気のせいかな? ミシュエラの笑顔が怖いんだけど」
「ホホホホホホホホ。気にしないでくださいまし。ちょっと衝動的に頭をかち割りたくなる人間が目の前に現れたものですから?」
ミヒャエル王子にそう言ってもらえて、私は俄然嬉しくなった。
仲良く遊ぶのは好きだけど、ミヒャエル王子とは殺し合いだってきっと楽しい。
今は実力差があるのが残念だけど。
「そうなの? じゃあ殺し合いする?」
「……はあ。これだからマガツは」
「えっ。何それ。何で私呆れられてるの?」
ため息をついたミヒャエル王子に、私は少しショックを受けた。
いつの間にか、私を見るミヒャエル王子の目が生暖かいものになっている。
何でだ。
「それで、今日は何か収穫はありましたの?」
「うん。とりあえずごろつきと兵士と騎士を殺したよー」
「……ごろつきはともかく、兵士と騎士を殺されすぎると、わたくしとしても困ってしまうのですが」
「あと、シュークリーム貰ったよ。リチャードにあげちゃったけど」
「兄上にもお会いしたんですの?」
「うん。味方する相手を間違えるなよって釘刺されちゃった。まあ、色々邪魔してるからね、仕方ない」
肩を竦める私の横で、ミヒャエル王子はきゅっと唇を引き結び、膝の上に置いた手を握り込む。
「叔父上が裏切り者だったとは思いませんでしたわ」
「まあ、仕方ないさ。でも、罪悪感か血族の情からか知らないけど、彼は私に君を託した。私は裏切らないから心配しなくていいよ」
「その根拠は?」
「その方がたくさん殺せそうだから」
「本当、ぶれませんのね」
ミヒャエル王子が苦笑したので、私もにひひと笑った。




