第十九話
護衛対象を抱えながらの対多数戦闘は、最初でどれほど敵の数を削れるかで難易度が大幅に変わってくる。
それは当然のことで、いくら私が強くても、身体一つでできることにはどうしたって限界があり、数の暴力でじわじわと攻められるような状況は、元々持久力がない私にとってクリティカルな鬼門だ。
なので、こういう時に私が取る戦法は、相手の意表を突く速攻からの特攻である。
末端をいくら殺したって私が満足するだけで意味がない。統率された集団というのはそれだけで厄介だ。ミヒャエル王子を守るためには、まずこの集団を烏合の衆に変えてやらなければならない。
具体的にどうするのかというと、まあ親玉を真っ先に斬ればいい、という結論に至るわけで。
オーラは最初から全開、出し惜しみなし。局所的な突風を巻き起こし、私は地を走る。
残像すら置いてけぼりにする速度で、唖然とした顔の親玉の男の顔を、刀の突きでぶち抜いた。
あまりに威力が高いと、柔らかいものは文字通りはじけ飛ぶ。
私の素の力だけならたかが知れてるから常識の範囲内に収まるけど、オーラで強化されるとこういうとってもグロイ結果になる。
木造建築の壁なんて簡単にぶち破れるし、実際ヴァンデルガルドに来てからは何度もぶち破っているから経験則だ。
弾け飛んだ肉片とか骨片とか脳漿の欠片とかなんかが地面に散らばる中、私の身体は綺麗なものだ。
どうしてかというと、急激な加速で巻き起こったソニックムーブによって、全て弾かれて飛び散ったのである。
なので私が綺麗なかわりに、地面はどろどろのぐちゃぐちゃなスプラッタシーンになっていた。
「きゃー! 素敵ですわよー!」
そしてそんな光景にはしゃぐミヒャエル王子は、やっぱりルートリーマでの経験で頭の大事なネジを数本なくしてしまったらしい。あるいは演技か。私には素のように思えてならないのだが。
急激な負荷がかかる技なので、ちょっと刀の様子を気にする。
うん、綺麗に決まったから大丈夫そうだ。
私の力だけなら負荷を最小限に抑えられるように計算できるからいいんだけど、妨害されたり防がれたりすると刀が歪む可能性が高くなる。
生半可な防御は軽々突破できる自信はあるとはいえ、武器自体の耐久力はオーラでも強化できないから大切に使わないといけない。
突然の親分の死に、手下たちは呆然としている。
今のうちに、できるだけ数を減らしておこう。
ミヒャエル王子の様子を目の端に置きつつ、目に付く敵を片端から斬り捨てていく。
いくら数が多くても、烏合の衆となってしまっては、その数の利を生かしきれない。
全員が連携するなんて無理だし、例え囲もうが一度に仕掛ければ同士討ちの可能性が生まれる。
囲んだところで、私みたいに突破力に優れた技を持つ相手なら容易く抜けられてしまう。
だからこそ統率する者の存在が重要なのだが、それは私が一番に始末している。
「うーん、全部で七人か。もうちょっと殺しておきたかったかな」
生き残りの男たちが次々に逃げ出すのを見て、少し残念に思う。
「十分ではありませんの。欲張ってもいいことないですわよ」
呆れた顔で、ミヒャエル王子が諭してくる。
まあ、そうだね。切り抜けたことで良しとしておこう。
そもそも、当初の予定を済ませていないし、それはこれからだ。
引き続き、ミヒャエル王子の案内でカステリアの市街をてくてく歩く。
「ここから先が貴族街ですわ。お行儀良くしてくださいましね?」
「私はいつでも行儀の良い女の子ですよ?」
振り返って念を押してくるミヒャエル王子に澄ました表情を見せると、ミヒャエル王子は失礼なことを口にした。
「行儀の良い女の子は飛んだり跳ねたりしませんし、悦に浸って殺人にド嵌まりしたりしませんわ」
「そうだねぇ。行儀の良い男の子は女装してのセックスなんていうニッチな趣味にド嵌まりしたりしないもんねぇ」
すかさず私も言い返す。
「ぶっ殺しますわよ?」
「お、殺り合ってみる? 私はいつでも歓迎よ?」
お互いに殺気を滲ませながら見つめ合い、どちらからともなく目を逸らした。
「……止めておきますわ。あなたを喜ばせるだけに終わりそうですし」
「そうだねぇ。私も今のミシュエラと戦うのはちょっともったいない気もする」
しばらく会話が途絶え、今度は私から話しかけた。
「ミシュエラもちょっとは戦えるんじゃないの? 全く何も学んでないっていう人の動きではないよね」
「王族としての嗜み程度ですわよ。そもそもわたくしが戦わなければならない条件になっている時点でほぼ詰みでしょう。その分の時間を政を学ぶ時間に当てた方がよほどマシですわ」
「むう」
「どうしてマガツが不満そうになるんですの」
だって、いつかミヒャエル王子とも殺し合いしてみたいんだもん。
まあ、殺したら殺したで気持ちいいのは一過性のものだけで、後から後悔しそうだから今の程度じゃやらないけどさ。
■ □ ■
それからは何事もなく、件の貴族の屋敷についた。
女装を解こうとするミヒャエル王子を、私は制止する。
「ああ、ミシュエラはそのままで」
「……どうしてですの? 彼は味方ですわよ。わたくしが正体を隠す必要はないでしょう。顔も知られているんですし」
「顔については問題ないよ。似てても結びつかないくらい、男の時とは変わってるから。それより私がいいたいのは、貴族なんて輩に対して無条件に気を許すのは止した方がいいってこと」
「もったいぶった言い方をしますわね。まさか、あの方が裏切っているとでも? あり得ませんわ。わたくしの母方の叔父に当たる方なのですわよ」
厳しい眼差しで、ミヒャエル王子は私を睨んできた。
おいおい、叔父なのかいあの貴族は。
……肉親に裏切られるなんて、ミヒャエル王子はついてないな。
「でも私、彼のこと見たよ。あなたのお兄さんに呼び出された時に」
「それこそあり得ませんわ!」
よほどショックだったのか、ミヒャエル王子は声を荒げた。
あまり目立ちたくないので、声量を下げるようミヒャエル王子に手振りで伝える。
ハッとした顔になったミヒャエル王子は、感情的になった己を恥じたのか唇を噛み締めた。
「……仮に、それが本当だったとしても、理由があるはずですわ。わたくしは、それを知りたいと思います」
「そっか。まあ、いいんじゃない?」
「随分と軽くいうんですのね」
「分からないからね。私の場合、斬って終わりだし」
「……マガツに論理的な思考を期待したわたくしが間違いでしたわ」
「ひっどーい。私は普通よ?」
「黙りなさいこの快楽殺人鬼」
なまじ合ってるから何にも言い返せない。
「とにかく参りましょう。身分を明かさないならわたくしは面識がありませんから、マガツが対応してくださいましね」
「あいあいさー」
ミヒャエル王子に答え、ドアノブのノッカーを叩く。
すぐに誰何の声が聞こえ、名を告げると用を訪ねられた。
「ここの主に会いたいんだけど」
「面会のご予定は伺っておりませんが。何方かからの紹介状はお持ちで?」
「ないけど、私の名前を出せば分かるよ」
「申し訳ございません。ご予定もなく、紹介状もない方へのお取次ぎはできかねます」
ドア越しに見事な塩対応が帰ってくる。
「じゃあ、伝言は頼める? マガツが説明を求めてるっていえば、たぶん伝わると思うから。今すぐに」
「……少々お待ちください」
応答してくれていた声が途絶え、足音が遠ざかっていく。どうやら伝えに行ってくれたらしい。
しばらくして、慌てて駆け下りてくる足音と、戸惑う声が聞こえてきた。
声の方は、先ほど応対したのと同じ声だ。
「よ、よ、良くぞお越しになられた、マガツ殿! 来ると教えて下されば、迎えの一つでも寄越しましたものを!」
実際に扉を開けて代わりに出てきたのは愛想笑いを浮かべた貴族だが、その表情は思い切り引き攣っていた。
どうやら、私が屋敷を尋ねてくるのは予想外だったらしい。
まあ、私とリチャードのところで会ったことがあるのはこいつも知ってるからね。
そして案の定、私の側にいる令嬢がミヒャエル王子であるとは、全く気付いていないようだ。
「ところで、隣のお嬢さんは何方ですかな? マガツ殿のお知り合いですか?」
ミヒャエル王子は気付かれなかったことにホッとしたような、気付いてもらえなかったことに不満なような、実に複雑な表情をしている。
「ああ、私の友人のミシュエラです。ルートリーマでの友人なんですよ」
堂々と嘘八百を並べ立てる。
まあ、全てが嘘というわけでもない。ミヒャエル王子と友人なのは本当だし、ルートリーマで知り合ったのが始めてだというのも本当だ。
「ほほう! なるほど、友人というのは得難いものですからな!」
したり顔で、貴族の男は私の話に相槌を打つ。
「ところで、本日の話とは、どのような内容で?」
私としてはもう少し世間話をしていても良かったのだが、男は痺れを切らして自ら本題に踏み込んできた。
「いえ、リチャード様の方で見かけたあなたが、ミヒャエルのところにいたので、少し気になりまして」
「最もな話ですな。ワシも実をいうと、ミヒャエルのところにあなたがいるのを見て、肝を冷やしましたぞ」
「そりゃ、私は護衛だったからね。離れるにしてもタイミングがある。いいタイミングを見計らわないとことが成功しても足がつく」
「真にその通りですな!」
敬語を崩して砕けた口調にすると、何が嬉しいのか、男は盛んに手を叩いてはしゃぎ出した。
「実をいいますと、ワシは今第リチャード様から破格の条件で寝返りを打診されているのです」
貴族の笑顔の告白に、ミヒャエル王子が見事に固まった。
何とか貴族に見られないよう隠しているが、動揺を押し留めようとしているのが丸分かりだ。
まあでも、ミヒャエル王子が驚くのも分からなくはない。
ミヒャエル王子にとっては、彼は本当に信頼の置ける者だったのだろう。
見る目がないのか、それともミヒャエル王子が行方不明になっていたのは、彼が保身に走らざるを得ないほど派閥にダメージを与えていたのか。
「受けたのですか?」
「当然です。もはやミヒャエルの敗北は明白。あなたもそう考えて、リチャード様についているのでしょう?」
勘違いをしている貴族の男は、私にお主も悪よのうみたいな顔をしてくるけど、私はそっちを斬る気満々なんで一緒にしないでください。
あとミヒャエル王子も「まさかお前まで」みたいな目でみるんじゃない。
約束したでしょう。
君をそうした責任を取るって。




