第十八話
朝になると、もうリーズは起きて月下亭の給仕として忙しく働いていた。
頑張り屋だよねぇ。これで毎日ミヒャエル王子のメイドとしても働いているんだから中々凄い。
ちなみにミヒャエル王子はもう起きているが、基本的に外出ができないので部屋に篭っている。
身体が鈍って仕方がないと苦笑していたのが印象的だったな。
さて、朝なので私も動こう。
とあるものを持って、ミヒャエル王子に声をかけに行く。
「おはよう、ミヒャエル王子。退屈してない?」
「してないと思うか?」
少しムッとした顔でミヒャエル王子が私を睨む。
まあ、外に出れない、一階に降りるのもできるだけ控えなきゃいけない身の上としては、納得はしてても時間を持て余すよね。
「そんな王子にこのワンピースをプレゼントしちゃいます! 女装して外に出よう! 女装レベル高いからたぶんばれない! ばれたら私が殺して口塞ぐし!」
本来なら、ミヒャエル王子は私のことを叱るべきだったのだろう。
でも、王子が一瞬私が広げたワンピースに目を向け、外にちらりと視線を移動させ、僅かに頬を緩ませたのを、私は見逃さなかった。
とはいえ、ミヒャエル王子はすぐに我に帰り、こほんと咳をする。
「いくら殺人鬼とはいえ、そんな簡単に殺すとかいうものではない」
「そういうのどうでもいいから、とりあえず裸に剥くね!」
「ひ、人の話を聞け! 服を返せ、マガツ!」
すぽぽぽーんとミヒャエル王子から服を剥ぎ取った私は、腕力差にものを言わせて下着も剥ぎ取り、カステルラントで購入した貴婦人用のあだるてぃーな下着をひらひらさせながら迫っていく。
「そ、その下着に見えない布の塊はなんだ! まさか、私に穿かせる気なのか!?」
「そりゃ穿かせるわよ。私、ミヒャエルのこと外に出してあげたいし。一緒に外歩きたいし」
全力で後退っていたミヒャエル王子が固まった。
私はここぞとばかりににっこにっこ笑いながら畳み掛ける。
「ミヒャエル王子だって気分転換したいでしょ? 女装すればミヒャエル王子だなんて分からないから、自由にカステルラントを歩けるわよ。護衛として私も同行するし、大丈夫」
「……そうかお前も同行するのか。いいだろう。私は着付けまではできない。してくれるか」
その気になったミヒャエル王子は、たかが女装をするのでも無駄に凛々しい。
同じハンサムでも、リチャードとこうまで違うのはどうしてだろうね。
あっちはどちらかといえば軽薄な感じだし、明らかに男。
比べてミヒャエル王子は凛々しくて、でも可愛らしくて女装が物凄く似合う美少年。
私の腕でも問題なく、ミヒャエル王子に貴族の子女ミシュエラへと化けた。うん。元の素材が良すぎるんだね、やっぱり。
「少し、丈が短くありません?」
「いいのいいの。最近のカステルラントではこれが流行らしいよ」
ワンピースのひらひらを気にして押さえるミヒャエル王子は、もう完全に少女にしか見えない。
女声を作るのと女の仕草は完全にプロ級だから、それこそ行為に及ぼうとしてとかじゃないとまずバレないだろうな。
ミヒャエル王子を連れて、次はイルクたちが泊まっている部屋に行く。
今日は護衛は必要ないと伝える必要があるというのと、その分空いた今日を休みに当ててあげるためだ。
「イルク君、入るよ」
「え!? マガツさん!? ちょ、まっ!」
何か中からガタガタ変な音とイルクたちの声がするんだけど、大丈夫なのかな?
「マガツ、私が開けますわ。よろしくて?」
私が思い至らない何かの事情を察したか、ミヒャエル王子は淑女らしく優雅に微笑んで扉に手をかけた。
「あ、うん。いいんじゃない?」
笑みを深め、ミヒャエル王子が扉を開け放つ。
何故かズボンのベルトを締め直しているイルクと、唇を引き結んで顔を赤くしているユミリ、ニーア、エオナの三人がいた。
ははあ、なるほど。
「ねえ、ミシュエラさん、ミシュエラさん」
「何でしょうか? マガツ様」
意味深に半笑いでイルクを見つめながら問う私に、輝くような笑顔でミヒャエル王子が乗っかってきた。
「なんだかこの部屋、臭いませんか? まるで殿方のアレのような……」
イルクが思わずといった様子でブッと噴出した。
まさか私がそんな発言をするとは思わなかったらしい。
「ええ、この栗の花のような香りはまさに情事の痕。何処の何方なんでしょう。わたくし、とても興味が沸いてしまいましたわ」
物凄い勢いでイルクの目が泳ぐ。
彼の視線は私に向けられ、「この子誰!? どこの何方!?」と問い掛けたいのであろう気持ちがとても伝わってくる。
そして全力で目を逸らしながらもだらだらと冷や汗をかいているイルクの女三人。
口をモゴモゴさせているのはどうしてかなぁ?
「えい」
私はイルクのアレを掴んだ。
「あら、マガツ様ったら大胆」
ミヒャエル王子は目がキラキラしている。
彼、調教で淫猥な方向に資質が開花しているからね。当然彼は男のアレなんてもう掴み慣れている。
私? 私は性犯罪者はちょん切って殺すことにしてるから、それで慣れたかな!
どうしても触らざるを得ないしね。
「……ところでイルクくん、どうして私から全力で距離を取ろうとしているんだい?」
「オレの股間を見る目が完全に何かを殺ろうとしてる時の目なんですよ! 怖いんです!」
失敬な!
■ □ ■
イルク君たちに予定通り一日お休みを与えて、私とミヒャエル王子は月下亭を出た。
今日はいい天気だからか、イルク君たちも何だかんだで嬉しそうだった。あのパーティでどこかに遊びに行ったりするのかな。
ある程度はお小遣いを四人にあげてあるから、遊ぶ金には困らないはずだ。
さすがに戦闘は勇者に適わないとはいえ、イルク君たちは長年冒険者をしていただけあって戦闘以外の技術も高い。
探索技能は皆平均して高水準な上に、イルク君はああ見えて料理が上手い。掃除、洗濯、整理整頓なんかの家事は女の子三人がそつなくこなす。
まあさすがに本職であるリーズほどじゃないけど。
「これから何処へ向かいますの?」
「んー、昨日ミシュエラと会ってた貴族のオッサンいたでしょ? あの人を探そうと思って」
「彼の屋敷なら案内しますわよ」
どうやら、ミヒャエル王子はあの貴族を信用しているらしかった。
でも、見事に裏切られて裏でリチャードと繋がってるんだよね……。
私が側にいれば大抵の事態は打開する自信があるし、勇者も結構殺したから残りの勇者が徒党を組んで掛かってきてもどうにかなる。
ルートリーマにいた頃の私だったら即座に尻尾巻いて逃げ出していただろうけど、何人もの勇者を殺したことで私のオーラはとんでもないパワーアップを遂げている。
今なら量質ともにあの蒼オーラ勇者を超えてるんじゃないかな。
と、そこへ、行き交う人々の気配に混じり、敵意がこもった不穏な気配を私の感覚が捉えた。
さりげなく視線を散らして周りを確認すると、私たちを注視している人物が何人かいた。
「ミシュエラ、ちょっとこっちへ」
「どうしましたの?」
不思議そうな表情で身を寄せてくるミヒャエル王子の耳元で囁く。
「表情を変えないでそのまま聞いて。屋敷に辿り着く前に襲われるかもしれない。私が相手をするけど、心の準備だけはしておいて」
一瞬だけ目を見開いたミヒャエル王子は、すぐに表情を取り繕いこくりと頷いた。
無駄な声は出さずに、静かに私へ承諾の意思を伝えてくれる。
いいね。やりやすいよ。
そのまま自然に見えるように私がミヒャエル王子の手を取ると、ミヒャエル王子が静かに握り返してくる。
後は歩きながら事態が動くのを待つのみ。
何も起こらずに目的地に着くのが一番なんだけど、そうそう上手くはいかないのが現実だ。
人気がなくなったところで、向こうが行動を起こした。
人相が悪い男たちが、私とミヒャエル王子を取り囲む。
ミヒャエル王子へ差し向けられた刺客だろうか? ばれない自信はあったのだけれど。
「見つけたぜえ、クソ尼……」
……うん?
「手下を散々可愛がってくれたようじゃねえか。お礼に今度は俺たちがたっぷり可愛がってやるぜ」
あれ、私の方?
「……マガツ?」
「あ、いや、何か……ごめん」
にこりと物問いたげな笑みを向けるミヒャエル王子に、小さく謝る。
うーむ。お礼参りは大歓迎だけど、ちょっとタイミングが悪いな。
そうしている間に、辺りから男たちが続々と集まっている。
「このカステリアも、しばらく見ないうちに随分とならずものが増えましたのね」
冷たい声と表情で、ミヒャエル王子が男たちを見下げる。
ミヒャエル王子の怒りももっともだ。
自分の国を好き放題荒らす輩が王都のど真ん中でのさばっているのだ。国を愛していればこそ、怒りもひとしおだろう。
「へえ、今日は随分と上玉を連れてるじゃねえか」
「それが何か?」
「へへ、詫び入れて体で誠意を見せるっていうなら、こっちも矛を納めてやってもいいんだぜ」
おい、そこは二人纏めてぶっ殺してやる! って景気よくいうシーンでしょう。
色香に溺れてんじゃないよ!
っていうかミヒャエル王子は男だ。
「……汚らわしい」
あ、ミヒャエル王子本気でいやそうにしてる。
ミヒャエル王子も奴隷だった時に男とした経験あっただろうけど、自ら好きでってわけじゃなかっただろうしねぇ。今はどうか知らないけど。
どっちにしろ、好みっていうものがあるわけで、男たちはミヒャエル王子の目に適わなかったようだ。
「消え去りなさい。でないと後悔なさいますわよ」
氷点下の声音で警告する割には、案外ミヒャエル王子は優しいことをいっている。
私だったら即殺しに掛かってるだろうなぁ。
男は私たちの態度がよほど気に障ったらしく、顔を怒りで赤黒く染めていた。
「馬鹿な女たちだ。俺が、穏便に済む方法を提示してやったっていうのに」
あまりに面白いことをいうので、思わず噴出して笑ってしまった。
腹を抱えて笑う私を、ミヒャエル王子がジト目で見てくる。
「何がおかしい!」
「ごめんごめん。あなたがあまりにも面白いことをいうものだからさ」
くすりと笑みの余韻をこぼし、私は前に出た。
刀をゆっくりと見せ付けるように抜き放つ。
「穏便に済ませる? バカをいえ。そんなの、殺人鬼たる私が認めるとでも? お前たちはここで死ぬんだよ」
もはや抑えていた殺気を隠す必要もない。
私は男たちに向けて、殺意の重圧を解き放った。




