第十四話
殺意を胸に秘め、それでも心はあくまで冷静に、今が目的を遂げられるタイミングではないと判断した私は、得に何もせずに第三王子のエスコートを受けた。
「いやあ、素晴らしい! さすがの戦いぶりだった!」
護衛を引き連れた第三王子が私のことを褒め称える。
そういえば私は、彼の名前を知らない。
もしかしたら依頼書に書いてあったかもしれないけれど、興味なかったので普通に読み飛ばしていた。
「ところであなた、誰ですか?」
我ながら、最高に他人をおちょくってる質問だと思う。
誰もが知っているはずの、自身がそれを当然と思っている人間に対して、自分はあなたが誰だか知らないし、興味もありませんと宣言しているも同然な台詞を口にしているのだから。
「無礼な!」
「これだから犯罪者は! 今からでも処刑すべきだ!」
案の定取り巻きの貴族たちが騒ぎ始めるけど、全く怖くない。
だって全員纏めて相手にしても、五分も経たずに皆殺しにする自信がある。
それくらい、貴族たちは足取りからしてなっちゃいない。
足取りは不規則、歩く姿勢も悪い。
そもそもにして、戦いを生業とする者の体つきでもない。
全く鍛えていないっていうわけではないんだろうけど、それでも私と殺し合うには程遠い。
京子ちゃんとかも技術的には同じことがいえるけど、オーラがあったからそれでも楽しめた。
彼らに関しては、淡々と豚を屠殺していくような作業になりそうだ。
「良い良い。彼女のような剣士を仲間に加えられたことに免じて、大目に見ようではないか。改めて名乗ろう。君の主、次期カステルラント王リチャードだ」
気障な仕草で名乗り、流し目で私を見つめてくるリチャードだが、それにどう反応しろと。
ていうかいつお前が私の主になったんだ。
私はこれまで特定の誰かに仕えた記憶はないし、君もまだ王になれるって決まったわけでもないでしょう。
ミヒャエル王子だってまだ生きてるんだから。
何も反応せずに私が見つめていると、リチャードは露骨にムッとした顔になった。
跪いて忠誠でも誓えば良かったの?
そんなことするかバーカ。
「本来ならば報酬の支払いに移りたいところだが、一つ重大な問題がある。殺し過ぎだ。候補を全員殺してしまったら意味がない。よって報酬はなしだ」
まあ、仕方ないといえば仕方なのない選択ではある。
最後の一人が私じゃ、新い勇者も生まれないし、
リチャードには全くメリットがない。
じゃあ、私ももう用はないな。
「だが、払う用意がないわけでもない」
帰ろうとした私を、リチャードの声が引き止める。
「もう一つ追加で依頼を出そう。達成できたなら、纏めて報酬を渡す。どうだ?」
「……言ってみなさい。聞くだけ聞いてあげるわ」
振り向いた私は、リチャードに続きを促す。
「貴様、不遜だぞ!」
「リチャード様が目をかけてくださらなければ犯罪者に過ぎぬ分際で!」
私の態度にまた貴族たちが目くじらを立ててがなり立てるが、それをリチャードが腕を掲げて制止する。
「我が不肖の弟、第五王子ミヒャエル。マガツよ。お前に、奴の殺害を依頼する」
「殺し屋を頼りなさい。殺人鬼の仕事じゃない。以上」
まるで分かっていない様子のリチャードの依頼を、私は冷淡に断った。
「後悔することになるぞ」
「だから殺人鬼の仕事じゃないっていってるでしょ。殺したくなれば勝手に殺すわ」
思わずため息をつきたくなる気持ちを堪える。
このリチャードのように、殺し屋と殺人鬼の違いを理解しない人間というのは意外に多いのだ。
依頼を受けて、標的を殺すのが殺し屋。そこに殺し屋の意思は介在せず、殺し屋が対象を選ぶこともない。
その一方で、ただ楽しいからという理由で殺すのが殺人鬼だ。
殺す相手も、自由に決められる。
まあ、限度もあるけど。
「まあいいわ。引き受けてもいいけど、条件をつける。私は殺人鬼よ。殺す時期は私が選ぶ」
「良かろう。最終的に殺すなら、こちらとしても異論はない」
契約は成った。
■ □ ■
第三王子は私に目付け役つけることを提案してきた。
「必要ないわ」
「貴様の意見は聞いていない。おい、フェルダナンよ。マガツを見張れ」
王子の命を受けて私に歩いてきたのは、貴族の騎士だった。
鍛えられてはいるが、それだけだ。勇者の敵じゃない。
ごろつきほどは弱くないが、それでもあのトルニスよりは弱い。
うん、彼は勇者でもないのに中々手強かった。また殺し合いたいものだけれど、残念ながらもう死んだ。
「必要ないって言ってるでしょ。殺すわよ」
「貴様! 犯罪者の分際で、王子やこの俺に逆らうのか!」
イラッとして、考えるより先に手が動いていた。
銀光が閃き、騎士の動きが不自然に止まる。表情だけが代わり、目を見開き、口は開き、僅かに血が零れる。
首筋に赤い線が走った。
赤い線は見る間に太くなり、やがて首から上だけ横に滑り、騎士の頭がぼろんと落ちた。
後に残るのは首の切断面。
元の白と血液の赤が混ざり合ってピンク色に見える骨と、赤い血管、肉、他様々なものが見えている。
この光景をほとんどの人はグロい、気持ち悪いと感じ、私みたいな異常者が綺麗だと感じる。
だからこその、殺人鬼。
「ご馳走様。もう一度つけるっていうなら止めはしないけど、結果は変わらないわよ。無駄に人的資源を浪費したいなら、どうぞご自由に」
ばたりと倒れる騎士の首なし死体に背を向けて、私は悠々と歩いてその場を離れる。
殺人鬼は殺人を躊躇わないし、怖がらない。
今頃血を飛び散らせる死体は本人に似て、滑稽だ。
「つ、捕まえろ!」
リチャードの叫び声が聞こえる。
ふうん。そう来るんだ。
じゃあ、全部殺してあげよう。
前方から兵士たちがやってくる。全部で五人。
姿が見えたとたん、私は踏み込んだ。
「賊め!」
「殺せ!」
先頭の兵士二人が槍を突き出してくるのを、すり抜けるようにして突撃する。
槍はリーチが長くて厄介だけれど、その分攻撃は突くから払うかの二者択一で、予想すること事態は容易い。突きは突きだし、横薙ぎのぶん回しも縦にに半回転させての石突による打ち払いも、どちらにしろやっていることは長物を振り回しているだけだ。予備動作が大きいから、避けるのは難しくない。
そして間合い内に入ってしまえば、その長大なリーチが今度は邪魔となる。
刀の距離にまで入ることを許した時点で、彼らの運命は決まった。
一人目は右肩口から袈裟斬りでばっさりやった。
この時だけオーラを纏い、肋骨ごと全て内臓を斬り捨てる。
付着した血はまあまあ少ない。それはつまり斬撃のレベルもまあまあだったことを示している。
崩れ落ちかけた兵士の身体、切らなかった方の肩を掴み、もう片方の兵士に向けて押しやる。
力が抜けた死体はそのままふらりともう一人の兵士に向けて倒れ込む。
その隙に私は兵士の側面に回り込み、兵士の行動を刹那の間、見守った。
避けようが、向かって来ようが、未来は変わらない。
笑みを浮かべる私と、同僚の死に顔を見て、それが自らの数秒後の未来だと悟った兵士が悲壮な表情で歯を食い縛る。
「うおおおおおおおお!」
雄たけびを上げて萎えかけた闘志を鼓舞し、兵士は槍を捨てて掴み掛かってきた。
予想外ではないが、思い切りのいい行動に少し虚を突かれる。
自分の目が丸くなるのを感じながら、反射が染みこんだ身体を動かす。
伸びてくる右手を左手で払い、もう片方の腕を刀で斬り飛ばす。
痛みと衝撃で一瞬固まった隙を見逃さず、今度は兵士の左足を斬り落とした。
呆気に取られた顔のまま横向きに倒れかけた男の胸を突き、心臓を貫いて引き抜くと同時にその勢いを利用して廊下の端に邪魔にならによう蹴り飛ばす。
此処まで六呼吸。秒に直して七秒ほど。ちょっと時間を取ってしまった。
残りの三人が横一列に隊列を組み、並んで槍を突き出してくる。
まるで槍衾だ。
密度はないけれど、それでも刀しか持たない私では、攻略するのは少し面倒。
普通なら。
私は勇者だ。勇者といえば、化け物染みた身体能力。そしてそれを支えるオーラ。
全力展開。目安は十秒。
十秒で、この状況を打開する──!
一秒で助走し地を蹴って跳躍、二秒で男のうち一人の肩を手で掴む。変な動きは隙も多いが、決まれば意表も突きやすい。唖然とする兵士たちの上、そのまま跳び箱の上で倒立するかのように肩の上で一回転し、地面に着地すると同時に回転の勢いで男を両手で地面に叩きつける。
ごきり、という鈍い音がした。衝撃で男の骨が折れたようだ。
声にならない声で絶叫を上げる男の口を踏みつけて塞いで、喉に刀の切っ先を突き立てて殺す。三人目。
残る二人が我に帰ると同時に私に向けて槍を突き出そうとするが、距離が近くてまず引き戻すことができない。
密着したのが仇になったね。
槍二本のうち、穂先が下がった一本を踏みつけてそれ以上の動きを封じ、二本目が動き出す前に一本目の持ち主の顎を切り上げる。
顔面に一本線が走り、ぶしゅっと血が飛び散った。
うーん、殺すには至らないかな。ちょっと浅い。
右手で槍を掴むのは止めずに、左手で顔を押さえてよろめく男に刀を突きたて、今度こそ止めを刺す。
突きは刀が汚れるから嫌なんだけど、いざ殺し合いとなるとそうもいっていられない。何より、殺しやすいのも確かだ。
もっと数が多ければいいんだけど、カステルラントに限らず、ヴァンデルガルド全体で刀という武器は貴重だ。地球から製法が伝来した武器で、そもそも刀を打てる剣匠自体が少ないらしい。そもそもヴァンデルガルドでは刀という呼称がなく、扱いとしては曲刀の部類に入る。
さて、残るは一人。
以前似たような状況になって、残る一人が勇者で苦戦させられたものだが、さすがに二度目はないようで、あっさりと殺せた。
ここでリチャードたちが仕掛けてきても面白かったのだけれど、そんなことはないらしい。
因縁の清算は次回以降に持ち越しのようだ。
刀を振って血脂を飛ばし、鞘に納める。
喋る者がいなくなった廊下を、私は悠々と歩いていく。
結局廊下を曲がって彼らから私の姿が見えなくなるまで、私を呼び止める声はなかった。




