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第十三話

 血の海に染まった試合場で、立っているのは私と一人のみ。

 その一人はどんな偶然か、私が一時的に見逃したあの女の子だった。

 とはいっても、彼女は誰も殺せていない。

 止めは私が全て横から掻っ攫ったからだ。

 結局、今回呼ばれた勇者候補の日本人を殺したのはほとんどが私であり、彼女のオーラは全くといっていいほど強化されていない。

 綺麗な紫色のオーラは、美人で大人っぽいこの子によく似合う。


「あ……」


 絶望に満ちた表情で、女の子が私を見る。

 刀を手に、静かに近付く私を。

 殺戮に酔う私の笑顔を。


「たっ、助けて!」


 女の子は身を翻し、時折足を縺れさせて転びそうになりながら、試合場の壁まで走っていった。


「お願い! 誰か、此処から出して! 死にたくない!」


 観客席にいる第三王子や貴族たちが、にやにやと笑いながら恐怖に顔を歪ませ泣き叫ぶ女の子を醜悪な顔で見下ろしている。

 彼らにとっては、この殺し合い全てが娯楽なのだ。

 私たちが他人のプレイ動画をネットで楽しむかのように、彼らは現実の殺し合いを観戦して楽しむ。

 それを醜いとはいわない。

 何故なら私は人斬りサイコパス殺人鬼だからだ。

 自らの欲求のために、一時的にせよ彼らの片棒を担いでいる。

 ──だから、覚悟を決めて私を殺しにきなよ。

 この世界じゃ誰も私たちを助けてくれない。道は自分で切り開くしかないのさ。


「無駄だよ。彼らにとって殺し合いは見世物だ。今も私かあなた、そのどちらかが死ぬことを望まれてる。用があるのは、最後の一人だけ」


 声をかけた私に、女の子が振り返る。

 涙と鼻水で、せっかくの美人が台無しだ。

 綺麗だった化粧も崩れてしまっている。


「死にたくないなら殺しにおいで。ほら、一対一だよ。頑張れば、あなただって私を殺せる可能性がある。それがどんなに低い可能性でもゼロじゃない。諦めるにはまだ早いよ」


 女の子の私を見る目に殺意が灯る。

 それでいい。一方的なばかりじゃつまらない。

 私と女の子は試合場中央で相対する。

 奇しくもお互いの獲物は刀。私の時も女の子の時も刀は一本だけだったのに、見事に重なるのはちょっと運命を感じちゃう。

 あの小太刀の件もあって、刀に対しては思い入れが強いから余計に。


「ねえ、私、マガツっていうの。本名じゃないけど。あなたの名前は?」


「本名を名乗らない相手に、どうして名乗らなきゃいけないの」


「いうねえ。じゃあこういうのはどう? 勝敗が決まったら、負けた方が勝った方に名前を教える。もちろん私も本名を教えるわ」


「それ、死んだらもう教えられないわよ」


「大丈夫。致命傷でも即死でない限り数秒は生きられるから。私が保障してあげる」


「いやな保障ね、それ」


 お互いのオーラがそれぞれの身体から立ち上り、次第に勢いを増していく。

 私から漆黒の、霊のごとき死者の顔が無数に浮かぶ禍々しいオーラが。

 女の子からは紫色に透き通って濁りのない綺麗なオーラが。

 刀を抜いて、軽く打ち合わせる。殺し合いだけれど、試合にも似た儀式。

 さあ、始めよう!

 悪役らしく、先手は私から。

 まずは小手調べ。

 小細工なしで仕掛ける。

 一歩目の踏み込み音が終わらないうちに二歩目、三歩目の踏み込み音を響かせ、女の子を間合いに捉える。

 オーラの恩恵を受けている女の子はさすがの反応速度で、私が刀を振り被ると同時に受けの構えを取っている。

 腕力やオーラの出力そのものは私の方が上なのは確実なのだから、このまま叩きつけちゃってもいいんだけど、刀にかかる負担を考えるとあまりその方法は取りたくない。

 なので、刀を振り上げた勢いを利用して背後に宙返りし、距離を取って刀にオーラを纏わせ、遠距離から胴薙ぎを浴びせた。

 こんな曲芸染みた動作も、オーラの助力があれば可能となるのだ。

 受けを狙って頭上に刀を構えようとしていた女の子が目を見開き、慌てて刀を下げる。

 その瞬間私のオーラの刃が受けに構える女の子の刀に直撃し、金属同士が激突するのと同じ耳障りな激突音を響かせた。


「くっ」


 衝撃を堪える女の子の口から苦悶が漏れる。

 この実体つきのオーラの刃が私のオーラの能力。

 だから私は本来、武器を選ばないし、最悪素手でもいい。まあ燃費が悪いので節約の意味も篭めて刀を使ってるけど。

 それに殺人はちゃんとした凶器で行う方が好みだ。


「良い反応だね!」


 惜しみなく賞賛を送ると、何故か女の子に睨まれた。

 挑発と取られたか?

 そんなつもりはないんだけどなぁ。

 刀から伸ばしたオーラを回収して、再び女の子へと走り出す。

 繰り返すけど、私のオーラは強力な代わりに燃費が悪いのだ。無駄遣いをする余裕はない。

 ……にしても、腹が決まったら案外強いじゃないかこの子。

 一撃、二撃、三撃と刀を振るっても、女の子は必死の形相でその全てを捌いた。

 まったく余裕のない態度で、フェイントの一つでも入れればあっさり抜けそうな抵抗ではあったけれど、特に戦いについての知識も経験もなくオーラに頼りきりなだけにしては、かなり頑張っている。

 ああ、いいなぁ。育ったらもっと強くなりそうだ。もったいない。

 なまじ強いがために、私も手心をあまり加えられない。

 まるで詰め将棋のように、女の子は詰みの瞬間に向けて階段を一歩一歩上っている。

 ただでさえ少ない余裕がさらに削られ、一太刀一太刀、少しずつ私の刀が彼女に薄い斬り傷を刻んでいく。


「う、うわあああああああ!」


 破れかぶれになって、女の子が捨て身で斬りかかってくるのを、私は悲しくなりながら見つめた。

 ダメだよ。それじゃ、私には届かない。それこそ奇跡でも起きない限り。

 いつものようにいなそうとして、女の子の刀の刀身が根元から忽然と消失したのを見た。


「は?」


 思わず呆ける私。

 そして、そんな私の死角から、女の子の刀の刀身が現れて──。

 私を、斬った。



■ □ ■



 限定的な空間転移。

 それが、女の子が纏うオーラの能力だった。

 何て破格。何て非常識。

 今はまだオーラそのものの力が弱いから、転移させられるのはせいぜい刀の刀身程度だけれど、もしこの子が数多の勇者を斬って成長できていたなら、恐らく私以上の化け物になっていただろう。

 背中をばっさり斬られながらも、私は哄笑を上げていた。

 嬉しい。

 そう、嬉しいのだ。

 これほどの強敵に相見えたことが。

 彼女を殺すのが、私だということが。

 このままでは、私の方こそが殺されるのだという事実さえ、私にとっては歓喜をもたらすスパイスに過ぎなかった。


「この……五月蝿い! あなた、狂ってる……! 狂ってるわ!」


「何とでもいうがいいさ! そういう星の下に生まれ付いたんだから仕方ない!」


 斬りかかる私の口元からは血が垂れている。

 辛うじて背骨や神経系が切断されて動けなくなるのは避けたが、傷は決して浅くない。

 内臓を損傷している可能性もある。

 それでも楽しい。

 自らを殺し得る相手との殺し合いは、何にも勝る悦楽だ!


「死にたくない……! 死にたくない!」


「誰だってそうだよ!」


 お互い飛び退って再び激突する。

 命を取り合う剣戟は止まない。

 一呼吸で三、二呼吸で六、三呼吸で九と、振るう斬撃の回数が加速度的に増えていく。

 重傷を負った身でここまで戦う私も私だが、それについていく彼女も、何て非常識!


「アンタだってそうなら、戦う理由はないでしょ!?」


「それがあるのさ! 私は君を殺したい! 殺人鬼なんだ! そう思うのは自然だろ!」


 今度は鍔迫り合いになって、私と女の子は罵り合う。

 名前も知らぬ私を、女の子は憤りと憎しみ、そして僅かな憐憫を宿して見つめている。

 彼女の瞳の中に私がいる。それは彼女が私しか見ていない証拠。

 私もこの女の子しか目に入らないといいたいところだが、そんなことをしていては死ぬ。

 紫色のオーラを纏った刀が、空間を跳躍して私を狙ってくるからだ。

 ひらりと背後から突き出される刀を、肉食獣のような躍動感を見せつけて一気に距離を取り避けた私は、急激に方向転換して速度を殺さないまま再度女の子に襲い掛かった。


「いやあ、厄介だね、これは!」


「そっちこそ! そんな深手でどうして動けるのよ!」


 女の子はよく戦っている。

 私が深手を負っていなかったら、とっくに私の刀が彼女を捉えていただろう。

 それくらい、私と女の子には実力差がある。

 オーラの能力については彼女の方が圧倒的に強いが、身体能力の上昇を決定付ける質と量そのものは私の方が遥かに上。判断力も、戦い慣れている私の方が高い。

 故に、彼女を生かしているのは私に与えた一撃が、私を弱らせているからに他ならない。

 しかし、忘れてはいけない。

 私たちが纏うオーラには、治癒能力を促進する効果がある。

 あの黄色いオーラの女勇者ほど劇的な回復力を見せるわけではないけれど、それでも確実に、時間が経てば経つほど、私の背中の傷は癒え、塞がっていく。

 同時に、燃費が悪い私のオーラは現在進行形で体内に宿るオーラをバカ食いしている。

 つまり、この戦いは私の怪我が治癒しきるのが先か、それとも私のオーラが尽きる方が先かの耐久勝負になったわけだ。

 でも元より私に、持久戦なんてつまらない選択肢を取る気はない。

 どうせ儚い命なら、盛大に散らしてみてこそ、価値があるというもの!


「さあ、そろそろ幕引きだ!」


「このっ、死んでたまるか!」


 オーラを天に昇る勢いで噴出させ、私は女の子に向けて疾駆する。

 対する女の子は震える手でオーラを絞り……出せなかった。

 彼女のオーラが消えていく。先に彼女のオーラが尽きたのだ。

 何の強化もされていないオーラは、当然持久力も低い。いくら私のオーラの燃費が悪いとはいっても、全力戦闘を続けていれば、こうなるのは当たり前だった。


「そんな」


「……運が悪かったね」


 楽しい時間は、いつか終わるもの。

 絶望の表情を浮かべる彼女を見ながら、私は走るのを止めた。

 彼女が全力を出せるうちに、決着をつけられなかった。

 そのことを残念に思いながら、歩いて彼女の前で刀を構える。

 即死はさせない。だって名前を聞けなくなるから。

 代わりに、腹を斬り裂いた。


「げふっ」


 小さく女の子が吐血する。

 女の子の目が大きく見開かれた。

 ぐったりと身体から力が抜けて、斬り裂かれた腹を押さえてフラフラと数歩よろめき、刀を握る私に寄りかかる。

 庇った両手の隙間から大量の血液が流れ出し、傷口から血の赤に紛れてピンク色に染まった腸が姿を覗かせる。

 手からこぼれ落ちた刀が、静まり返った闘技場の地面に落ちて大きな音を立てた。

 刀の音が静まって静寂が戻った中、女の子の声が響く。


「──そっか。私、死んじゃうんだ」


「約束だよ。君の、名前は?」


「早乙女、京子……」


 急速に声の張りを失っていき、囁く程度になった彼女の名乗りを、私は拾う。


「京子ちゃん。君は強かった。私と殺し合ってくれて、ありがとう」


「ろくでもない御礼ね、それ」


 苦笑した京子ちゃんの瞳の輝きが鈍っていく。

 私の上半身にもたれた京子ちゃんが、よろよろと空を見上げる。

 眦から、一筋涙が伝った。


「死にたく、ないなぁ……」


 それが、京子ちゃんが残した最期の言葉だった。

 とても美味しくて、楽しくて、でもどこか切ない、そんな殺し合いは結局、私の勝利で終わった。

 もしかしたら私は、殺し合いの結果京子ちゃんのことを、人として好きになりかけていたのかもしれない。

 京子ちゃんを殺した私に向けて、観客席からまばらに拍手が送られる。

 止めてよ。せっかくの勝利に水を差すな。

 私たちの戦いが穢れる。

 待っていてよ。君たち全員、必ず殺してあげるから。


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