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第十話

 待てばいずれ薬は抜けるだろうけど、面倒だったし奴隷商人から解毒薬を買うことにした。

 幸い、奴隷を買うには足りなくても、解毒剤を買う程度なら十分足りる金額を持っていたしね。

 解毒剤を三人に投与すると、虚ろだった瞳に再び意思の力が宿っていく。


「うわーん、イルクー!」


 一番初めに走り出してイルクに飛びついたのは、魔法使いの女の子だった。

 そばかすの浮いた顔に碧眼。金髪をおさげに結んでおり、器量はいいがどちらかというと美人というより可愛いタイプの女の子だ。

 魔法使いの杖や帽子がとてもよく似合いそうだが、奴隷なので今の彼女は奴隷服を着ている。

 無言で自分の身体を抱き締めて震えているのは、弓使いの女の子だ。

 こっちはこっちで、奴隷だった時の経験がトラウマになったらしい。一体調教でどんなことをされたんだろうか。

 弓使いの女の子は若草色の髪にぱっちりとした茶色い目が印象的なクール系美少女で、ともすれば冷たくなりがちな彼女の印象を丸い目が明るくさせている。


「良かった……。皆、無事で良かった」


 聞こえてくるイルクの声は鼻声だ。

 声が湿り気を帯びていることに関しては、何も言うまい。


「無事……。ええ、無事ね。命があって、こうして意識も取り戻せて、本当に良かったわ。これで全員奴隷でなかったら、言うことなしなんだけど」


 弓使いの少女はちらりと私へ視線を向けてくる。

 浮かぶ感情は、感謝と警戒。

 自意識を取り戻せたことが、私の方針だと知りつつも、私が自分たちをどう扱うつもりなのか、計りあぐねているってところかな。

 三人目、一番年上の女戦士が魔法使いと弓使いの二人を宥め、泣くイルクの頭をぽんぽんと慰めるように撫で、外野気分で観察していた私のところにやってくる。


「奴隷でもいいじゃない。それよりあたしはアンタの方が気になるね。相当強いと見た。ねえ、手合わせしようよ」


 あ、こいつ私と同じバトルジャンキーか。私の場合は、どちらかといえばバトルジャンキーというよりも殺し合いジャンキー、あるいは人殺しジャンキーって言った方がしっくりするけど。

 銀髪をポニーテールに纏めた褐色肌の美人で、快活な印象の人だ。


「後でね。とりあえずついてきて」


 四人を従え、歩きながら自己紹介を済ます。

 三人娘はそれぞれ魔法使いがユミリ、弓使いがニーア、戦士がエオナと名乗った。

 イルクを含め、装備は後で揃えればいいだろう。何なら適当に誰かを殺して奪っ(現地調達でも)てもいい。

 そろそろ宿を取って、ミヒャエル王子との約束に備えるとしよう。

 月下亭の近くに宿ってあったかな。

 というか月下亭に宿泊できれば良かったんだけど、生憎月下亭は酒場だ。

 まあ酒場の常として、二階は個室になっていることが多いし、月下亭も宿泊できないわけじゃないだろうけど、女四人に男一人というハーレム状態なので、できればちゃんとした宿屋に泊まりたい。

 酒場の個室は本来商売女を連れ込むための部屋だ。つまりはそういうことをする目的で利用する客が多い。

 そんな場所に私たちが泊まるとなると、まるで私までイルク君ハーレムの一員になったみたいではないか。

 私はイルク君たちの主人だし、そもそも人斬りサイコパス殺人鬼なので、性欲がそっくりそのまま殺人欲に転化している。

 それがどういうことかというと、普通の人がああムラムラしてきた誰かとエッチしたいなとなるはずが、私の場合はああムラムラしてきた誰か殺したいなとなるわけだ。我ながら悪趣味である。

 とりあえず何事もなく月下亭近くの宿屋を二部屋確保することができたので、約束の時間まで仮眠を取ることにした。

 イルク君に夜這いされて時間前に目が覚めた。


「とりあえず、弁明を聞こうか」


 私の服を脱がそうとしたところで股間を蹴られて悶絶したイルク君に、私はにこやかに尋ねる。

 どうして三人娘も止めないんだと思ったら、どうやら三人は疲れて眠ってしまっているらしい。何に疲れたんだろうね。


「俺、マガツさんに返し切れないくらいの恩貰って、でも、返せるものが何も無くて。ユミリもニーナもエオナも俺が抱いたら喜んでくれるから、それなら喜んでもらえるかと思って。でも違ったみたいだ。ごめん」


 ……私は思わず唖然としてしまった。

 三人娘がイルク君に抱かれて喜ぶのは、三人ともイルク君に好意を抱いているからだろうし、それは分かる。

 でもなんで私まで抱かれて喜ぶなんていうぶっ飛んだ結論になったんだ。

 さてはイルク君、ナルシストかな?


「生憎私は普通の人と違ってね。色恋の類は理解できないのさ。恩返しをしたいなら簡単だよ。私と殺し合ってくれればいい」


 殺意と艶混じりの笑顔を浮かべる私に、イルク君はぎょっとした顔で後退り、必死に首を横に振って私の誘いを拒否した。

 まあ、そうなるよね。



■ □ ■



 真夜中の二時ちょっと前。

 私はイルク君たちを連れて、月下亭に来ていた。

 酒場だからか、この時間でも中からは明かりが漏れている。

 それでも遅い時間であることに変わりはなく、酒場の中は客が数人しかいなかった。


「ミシュエラに誘われて来たのだけれど」


「話は窺ってる。二階に上がれ。二○二号室だ」


 酒場のマスターに話すと、カウンター奥の壁に掛かっていた鍵を渡された。

 どうやら部屋の鍵らしい。


「酒でも飲んで待ってて、代金は私が持つわ」


 イルク君たちに一階で待っているよう言い残し、私は二階に上がった。

 何の変哲もない木の廊下を歩き、部屋のプレート見て二○二号室を探す。

 お、あったあった。

 ノックを三回して中の反応を待つ。

 しばらくすると、鍵を開けないまま、中から誰何の声がした。

 うんうん、対応は悪くない。


「マガツだよ。約束の時間になったから来た」


「……お入りください」


 受け答えしたのはリーズで、丁寧な言葉で入室を促される。

 私は今、とても悪い顔をしている。

 鍵が開いた瞬間、私は部屋の中に押し入った。

 反射的に扉を閉めて私を追い出そうとしたリーズの反応の良さに感心しつつ、彼女の抵抗を捻じ伏せて壁に優しく叩きつけ、ミヒャエル王子へと突進する。

 ミヒャエル王子はベッドに腰掛けていた。

 勢いそのままにミヒャエル王子に飛び掛かり、ベッドに突き飛ばしてマウントポジションを取る。


「……はしたないぞマガツよ。女ともあろう者が、自分から男を押し倒すなど」


 彼は他人の目を気にする時間ではないからか女装しておらず、少年の姿をしていた。

 銀髪の鬘も取っていて、元の赤毛を晒している。

 男の姿でも造作の美しさは隠しようがない。どう見ても紅顔の美少年だが、受けた調教のせいか私に向ける眼差しや服の乱れを直す動作が艶かしい。人によっては、鬘を取った今の状態でも女と判断するかもしれない。


「いいのよ。別に性行為がしたいわけじゃないし」


 ミヒャエル王子は透明な淡い笑みを浮かべている。私もきっと笑っているだろう。ただしこの笑顔は、怒りに分類されるものだが。

 気に入らない。

 何が気に入らないって、手伝えと迫った癖して私に逃げる選択を与えたミヒャエル王子の優しさが気に入らない。

 私は悪人だ。それも人斬りサイコパス殺人鬼なんていう、こんな異世界でなければ異常でしかない、いやこの世界でも十分異常の枠に入ってしまう人間だ。

 こんな悪人は利用するだけ利用して斬り捨てるくらいの腹積もりでいればいいのだ。私は悪人で、その方が楽しいからという理由でミヒャエル王子を己の好みに染め上げたのだから。彼が歪めたのは私だ。だからこそ、彼には私を利用する権利がある。優しくされるなんて虫唾が走る。そんなものは、要らない。


「巻き込むと決めたんでしょう。だったら徹底的に巻き込めばいい。こんな、まどろっこしい真似をせずに、助けてって言えばいいのよ」


「だが、お前は兄上側の依頼を受けたのだろう……? お前は言った。私に仲間は一人もいないと。それはお前も。兄上の手で動く人間ということではないのか」


 どうやら、ミヒャエル王子は私の言葉を真に受けていたらしい。

 私は興奮して殺気を撒き散らした。


「君に私の行動論理を教えてあげるよ。殺人鬼っていうのは、基本的に快楽主義者なの。だから私も楽しいことが好き。私にとって楽しいことは、殺し合い。それもただの殺し合いじゃなくて、相手を殺して最高に気持ちよくなれる殺し合いが大好きなの」


 私にとっての判断基準は、結局、どんな相手を、どれだけ殺せる戦いができるかどうか、それに尽きる。

 自らの安全なんて二の次だ。


「このまま第三王子について、君を殺してもいい。でも、弱いもの苛めはつまらない。そもそも簡単過ぎてそんなんじゃ楽しくない。それよりも、君に協力した方が絶対楽しいわ。だって今の君には味方が居ない。襲われて行方不明だった間に派閥は第三王子に食いつぶされ、今はもう誰が敵かも分からないんだから」


 追い詰められていたミヒャエル王子は、私にとってとんでもなく魅力的な相手だった。彼自身には何の魅力も無いけれど、味方をすれば、殺す敵には困らない。

 何しろいくらでも、敵の方からやってきてくれる。


「今の君は敵だらけ。だから、私が全部殺してあげる。その方が私は楽しい。報酬は要らない。楽しい殺しの時間を頂戴。それで十分よ」


「……マガツ。君は、まるで死神のようだな。どうしようもなく不吉なのに、何故だか心が引き付けられてしまう。信頼して、いいのか?」


 ミヒャエル王子が差し出した手を、私は迷わず握った。


「私は殺し屋じゃない。だから一度殺すと決めた相手を殺さないことはあるし、その逆もある。でも少なくとも、君を今殺すのは勿体ないと思うよ」


 そのままミヒャエル王子を引き起こす。

 自然と私はミヒャエル王子と長い口付けを交わし、ごく当たり前にミヒャエル王子の首を絞めた。

 キスが嫌だったわけじゃない。むしろ逆だ。


「何をなさろうとしているのですか!?」


 慌てたリーズに止められなければ、私は恍惚としたままミヒャエル王子を縊り殺していただろう。


「いい雰囲気でムラムラした。ごめん」


 さすがにマジ凹みした私の髪を、苦笑してミヒャエル王子が撫でる。


「殺人鬼をパートナーにするのだ。いつでも殺される覚悟はある。だが、殺すならせめて即位した後にしてくれ。さすがに今は未練が残る」


 ……どちらにしろそんなことをしたら、ミヒャエル王子の頑張りが無駄になるじゃないか。

 楽しくないから君を殺したくないよ。私は。


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