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第一話

 突然だが自己紹介しようと思う。

 私は人斬りサイコパス殺人鬼女子高生だ。



■ □ ■



 白刃が、私が立っている空間をゆっくりと斬り裂いていく。

 それを見て、斜めに踏み出した足を支点に身体を外側に半回転させ、立ち位置を変えながら横から刃を当てて振り下ろされる剣をいなすと同時に、その動作を以って私の袈裟斬りの予備動作とし、回避と攻撃を両立させる。

 当然、ゆっくりという表現は私の増大した知覚速度による主観によるもので、本来の一連の動作は刹那の時間で行われている。相手の攻撃と、私の回避を兼ねた攻撃がほぼ同時のタイミングなので、それこそ一呼吸の間だ。

 無拍子とは間違っても言えないけれど、その一端には足を掛けられているだろうか。

 そんなことを思考の隙間に置きつつ、自分が放った一刀が剣を振り切って上半身が流れた相手の無防備な背中に吸い込まれていくのを確認し、肉を切り裂き骨を断った手応えを堪能しながら、血飛沫を避けるためにステップを踏んだ。

 一拍送れて相手の背中に刻み込んだ刀傷からびしゃりびしゃりと結構な量の血が飛び散り、血が溢れてどくどくと流れ落ちていく。

 相手を斬ってから、実際に血を噴出すまでに少し間があった。それほどまでに、今の一撃は上出来で、私にとっての会心だった。

 振り抜いた刀には血は殆ど付着していない。

 斬った傷口は、きっとうっとりするほど綺麗に違いない。自画自賛だけれど、それほどまでに良い手応えだったのだ。

 いけない。気持ち良くなってトリップしかけていた。油断大敵。

 興奮しかけた意識を宥め、敵の攻撃に備えて受けられる体勢を空中で取っておく。

 ステップによる移動は敵の目算を誤らせる回避動作として優秀だが、相手の実力によっては隙ともなり得る。

 玄人が相手ならば着地前か着地直後の踏ん張りに一撃を合わせられて大ピンチ、などという事態に陥るのだけれど、幸いと言っていいのか今回の相手は有象無象ばかりで腕の立つ相手はいないようだ。

 歯応えが無くて、ちょっと残念。まあ、治安が悪い路地裏のごろつきの、しかもチンピラの集団ではこの程度なのも仕方ないかもしれない。

 外れかー、と落胆しつつも場数を踏んだ身体は思い通りに善く反応し、思考もクリア。ならばただの回避のためだけの回避などそれこそ有り得ないわけで。

 ステップから次の一撃に繋がる一連の動きは頭に入っている。身体も染み付いた反応を返してくれる。

 私の身体はイメージ通りに、間合い内に入った敵目掛けて刀を振り抜いていた。

 身体の回転による遠心力を合わせた変則斬り下ろしだ。

 虚を突かれた敵は構えが乱れている。私の刀は既に敵の肩口に到達しようとしているのに、未だに敵が持つ剣は剣先が下がった状態だ。

 防御の構えなのは良い。実力差がある戦いにおいて、その選択は正しい。しかしそれも反応できるのが前提であって、剣先が下がった状態では、受けは間に合わない。言うまでもなく、私のステップに合わせて間合いを取り直さなかった時点で回避も不可能だ。よって私の一撃は直撃が保証されている。

 ここで勝ちを確信し思わぬ大反撃を食らうのが達人相手のお約束だが、今回は言葉は悪いけれど雑魚ばかりなのでそれは念頭に置いておくくらいでいい。

 完全に忘れ去るのは問題でも、逆に意識し過ぎて全体的な読みや足捌きが疎かになるのでは本末転倒だ。

 斬り下ろしが決まった敵は血だまりに沈んだ。

 敵八人中、斬ったのは二人。要した時間は合わせて三呼吸。秒に換算して四、五秒か。三秒は鯖の読みすぎである。

 これで戦力比は一対六。俄然こちらの不利ではあるけれど、いきなり二人倒せたのは大きい。

 どいつもこいつも口を馬鹿みたいに開いて呆けていて隙だらけだ。

 今のうちにもう一人二人、行けるかな。

 狙うのは最も私に近いひょろ長い男。人相は怖いが、筋肉が足りないモヤシ男だ。力自慢にしては違和感。

 直感で仕掛ける。

 男が口を開いて何か呟いている。

 間に合わないと思った瞬間、私の身体から漆黒のオーラが噴出て、無数の死者の顔がオーラの表面に模様のように浮かび上がった。

 流れる風景の速度が劇的に加速すると共に、視界そのものがぐぐぐっと狭まり、目標の男以外の象がぼやけて意味を持って結ばれなくなる。

 異常ではなく、私が速くなっているのだ。高速道路で運転する時に視界が狭くなるのと同じ論理である。

 加速した速度を維持し、男の行動が明確な結果となって出る前に踏み込んで刀を振り抜いた。

 恐怖で引き攣った表情がデスマスクとなって凍りつく。斬った勢いのまますれ違う際に聞こえたのは、途中で途切れた呪文の詠唱。

 危ない。魔法使いが紛れていた。

 こっそり冷や汗を流しつつ、現在の位置関係を先ほどの記憶と照らし合わせて修正を入れる。

 身構えておくのは敵の反撃に対する備えだったけれど、オーラを展開させた私の攻撃にすぐ反応して動けるほど高い接近戦の腕の持ち主はいないらしい。一つの動作に複数の意味を持たせるようにしているので、気付けばもう一つ敵の首を取れる隙を見つけていた。

 さっそく有り難く頂く。綺麗に首が飛んだ。

 これで四人。半分だ。


「だ、駄目だ! 逃げろ!」


 半数になったところで、敵が散り散りになって逃げ出した。

 追いかけていって皆殺しにしてもいいが、チンピラに絡まれていた子を助けただけだし、此処が潮時だろう。

 改めてお礼参りに来るようなら、その時に皆殺しにすればいい。

 達人を連れてきてくれれば私の血も滾る。


「君、生きてる? それとも死んでる?」


「……死んでいたら、返事はできぬと思うのだが」


「いやぁ、中にはいるんだよ。死んでても返事するやつが。まあ、アンデッドなんだけどね」


 軽口を叩きつつ、私の背後に下がって冷静に状況を見守っていた少女? に声をかける。

 私が戦っている間も、私の邪魔にならないように常に気配を消していた。ちょっと感心。


「危ないよー。子どもがこんな路地裏に居たら。此処、結構治安悪いんだよ?」


「道に迷ってしまってな。だが、貴女が助けてくれた」


 少女はフードを取って私に顔を見せる。

 長く真っ直ぐ伸びた銀髪に、金の瞳。

 見た目よりも低い声だった。

 中性的で、静かな落ち着いた声。

 対する私の声は、まあ女性なだけあって相応に甲高い。

 まだ若いし、その気になればアニメ声みたいなもっと高くて甘い声だって出せる。人斬りサイコパス殺人鬼には似合わなさ過ぎるから出さないけど。


「偶然通り掛かったし殺せる相手だったから殺しただけ。私が殺せないほど強かったら見捨てて逃げてたよ。君は運が良かったことを幸運神に感謝すべきだ」


 思っていたよりも突き放した口調になってしまった。

 いや、別にこの子の事情なんて知らないし他人事なんだから突き放しても問題ないんだけど。


「しかも君、どうして女装してんの。逆なら分かるけど。襲ってくれって言ってるようなものよ?」


 そう。

 見かけた時フードを被った状態でも少女に見えていた子どもは、フードを払って顔を見せてもどう見ても少女にしか見えないのに、口を開いてみれば男性なのでした。

 中性的な声で男にしては高い声だけど、声変わり前ならおかしくないし、声変わり後でも個人差があるのでこれくらい高い人はいる。

 この子は少年だけどね。


「好きで扮装しているわけではない。危険は承知の上だが、この方がまだ安全なのだ」


 少年の声には、硬さと真面目さ、そして隠し切れない高貴さと幼さがあった。

 いいとこの家の子かな。家出かお忍びか、護衛の一人も居ないっていうのはちょっときな臭い。


「ふーん。訳有りのようだけど、まあいいわ。大通りまで案内してあげる」


 まあ、この少年がどんな事情を抱えていても、たまたま出会っただけの関係である私に首を突っ込む理由もない。

 さっさと路地裏を抜けて、衛兵がきちんと巡回している大通りに向かおう。

 歩きながら、少年と雑談をした。


「先ほどの男たちは何なのだ?」


「んー? 人攫いとか、強姦常習犯とか、強盗とか、そういう前科者たちじゃない? 私たち、見た目だけはか弱い女二人でしょ。楽な獲物だって思われてるのよ。私一人だったらそう襲われることは少ないんだけどね」


 暗に巻き込まれたと主張していると取られたか、少年が被り直したフードの奥でしゅんとするのが分かった。


「すまない。迷惑をかけたか」


「へーきへーき。私殺人鬼だから、殺せる人間が増えるのは全然オッケー。楽しい時間をありがとうね」


 あっけらかんと笑う私に、少年は面食らった様子で、態度に警戒感が滲み出る。

 まあ、そうなりますよねー。


「私のことも、殺すのか?」


「まさか。殺人鬼でも殺す相手は吟味するわよ。私は殺しても良心が痛まない相手しか殺さない。楽しくない殺しなんてつまらないもの」


 殺人鬼にも色んな人間がいると思うが、殺人という禁忌を犯す以上誰であろうがその本質は悪だ。

 でも私は、せめて誰かを救える殺人鬼でありたい。

 一番初めの殺人の切欠となった友人を助けられなかったからこそ、そう思う。

 大通りへの出口で、私は足を止めた。

 そこから先へ、私は行かない。


「この道を真っ直ぐ歩いたら、大通りよ。縁があったらまた会いましょう、少年」


 少年は大通りへ、私は再び路地裏へ。

 喧騒と光に満ちた道と静寂と闇に包まれた道、私たちは正反対の道へ消えていった。



■ □ ■



 小学校三年の頃、父方の祖父母の家で祖父のコレクションである小太刀を見た時、人を斬りたいという衝動を自覚した。

 まだ幼かった私は、祖父にその小太刀が欲しいと強請った。

 理由を尋ねてくる祖父に、私は隠さずに言った。


「その刀で、誰かを斬ってみたい」


 当然、祖父はそれ以降私に刀を触れさせなかった。

 けれど、同時に私の両親に異常な私の性癖をばらすこともなかった。

 多分孫可愛さがあったのだと思う。

 四年後、祖父が死んだ。

 中学生になっても人斬り願望を隠し持っていた私は、葬式に出るために両親に連れられて祖父母の家を訪れた。

 色々小難しい葬式が終わって、形見分けの話になった時、私は迷わず申し出た。


「お爺ちゃんの刀が欲しいです」


 虚を突かれたような表情で、祖母に尋ねられた。


「どうして?」


「剣道をやっているので、真剣を振ってみたいのです」


 嘘ではなかった。

 私は祖父母の家で小太刀を見てからというもの、人斬り願望が抑え切れなくて、それを鎮めるために、両親に頼み込んで剣道教室に通わせてもらっていたから。

 中学も、わざわざ剣道部がある学区外の学校を選んだくらいだ。

 取り繕ったのが功を奏し、私は一振りだけ、形見分けをしてもらうことが出来た。

 あの時見て目を奪われた小太刀。

 人を斬りたいという欲望を抱くことになった、原因とも呼べるそれを。

 でも、人を斬る機会が訪れないことも、また分かっていた。

 この世の中において、殺人は罪である。

 私にはまだ、罪を犯してまで我欲を優先する理由が無い。

 小太刀を形見分けして貰ってしばらくして、私に友人が出来た。

 引っ込み思案な子で、部活にも所属していなかったから、大体の友達グループが出来上がってからも孤立していた子だった。

 一応私も剣道部繋がりの友達グループに参加していたけれど、相変わらず人斬り願望を抱いていたから、関わりを避けていて深い付き合いのある子はいなかった。

 自然と孤立しがちな私たちは仲良くなった。

 あの子は孤立している割には可愛かったから男子たちによく悪戯を受けていて、女子からは苛められていた。

 一緒にいれば当然私もその対象になって、物を隠されたりするようになった。

 でも、物欲らしい物欲が無く、あの小太刀以外はどうでも良かった私には、大して問題じゃなかった。

 変な噂を流されても、好奇の視線も、私は人斬り願望というそれ以上の爆弾を抱えていたから気にならなかった。

 ……あの子が自殺するまでは。

 その日、あの子は私の家に遊びに来ていた。あの子は私の小太刀を見たがって、私も快く見せてあげた。

 全ては、私があの子のためにジュースとお菓子を準備している間に、終わっていた。

 ドアが開く音がして、部屋に戻った時にはあの子と小太刀が消えていた。

 目を離したことを後悔した。

 それから、人気の無い公園の草むらで彼女の死体を見つけた。

 何度も首に躊躇い傷が残っていた死体と、あの子が持ち出していた彼女の血で濡れた私の小太刀と一緒に、遺書が二つ残っていた。

 一つは私宛で、遺書にはあの子の丸っこい筆跡で、「巻き込んでしまってごめんなさい」「友達になってくれてありがとう」と、私に対する謝罪と感謝の言葉が綴られていた。そしてもう一つには、苛めていたクラスメートたちと、相談しても何一つ解決してくれなかった大人たちへの怨嗟が綴られていた。

 この時、漠然としていた人を斬りたいという欲望が、特定の誰かを斬りたいというはっきりとした願望に変わった。

 ……どうしていつも以上に誰かを斬りたいと思ったのか、未だによく分からない。

 分からないまま、小太刀だけを持ち帰って公衆電話から匿名で警察に通報だけして、小太刀の血を拭き取って綺麗に手入れをした後、次の日竹刀袋に入れて校内に持ち込んだ。

 咎められるかと思ったけれど、そんなことは無かった。剣道部という肩書きのせいかもしれない。

 そして、学校に着いてすぐに、主犯だった男の子三人と、女の子二人を斬った。

 魂消る悲鳴。飛び散る血痕。

 等身大の肉を斬るのは初めての感触だった。飛び散る血飛沫は温かくて、鉄臭いと同時に生臭くもあるということも、この時知った。楽しかった。心が躍った。けれども、一方的だったのが少しだけつまらなかった。

 教室を血だらけにして満足した私は、席に戻って小太刀の血を拭き取りながら、警察が来るのを待った。

 逃げるつもりは毛頭無かった。

 人殺しは悪いことだし、私の気も済んだ。後は償うだけ。

 殺したクラスメートたちについては、何も思わない。

 ただ、私の両親に迷惑をかけるであろうことは、申し訳なく思う。

 当然だけれど、私はその後逮捕された。未成年なので正確には違うらしかった。どうでもいい。

 取調室で、私は包み隠さず理由を話した。

 常々人を斬りたいと思っていたけど我慢していたこと。

 友人が自殺して、その理由を知った時、それを抑えられず、また抑える気もなく凶行に及んだこと。

 ずっと我慢していたのにどうして心変わりしてしまったのか、自分でもよく分からないこと。

 いくつか質問された後、最後にこう聞かれた。


「今後、また別の友人が似たような理由で自殺したら、あなたは今回と同じことを繰り返しますか?」


「はい」


「それはどうしてですか?」


「分かりません。でも、今回と同じ理由なら、やっぱり同じことをします。何度でも、繰り返すと思います」


 怖い顔をしていた警察の人たちは、それ以降、時折痛ましいものを見る目で私を見るようになった。

 やっぱりどうしてかはよく分からない。

 自殺したあの子との関係についても聞かれた。

 包み隠さず友人だと答えた。

 警察に連絡したのも、もう隠す必要が無いので自分だと明かした。

 初め、あの子の自殺について、警察は私を犯人だと疑っている節があった。

 苛めの末に苦しませて自殺させてしまうくらいなら、もっと先にいじめっ子たちを私が斬り殺しておけばよかった。

 それかいっそのことさっさとひと思いに私の手であの子を斬り殺してあげるべきだった。その方が楽に死なせてあげられた。それだけの腕は持っているつもりだったから。

 そう正直に述べたら、今度は異様なものを見る目で見られた。

 やがて、警察の連絡を受けて母親がやってきた。

 母親は半狂乱だった。

 私を人殺しと詰り、恩知らずと怒鳴り、自分たちを破滅させたいのかと怒鳴った。

 それに対して私はただ、ごめんなさい、とうわごとのように繰り返すだけだった。

 気付いたら、母親は警官によって部屋の外に追い出されていた。


「あなたが罪を犯したことに対して、悲しむ人がいる。それでも変わりませんか?」


「はい」


 やっぱり私は即答した。迷わなかった。

 誰かが小さな声で「サイコパスだ」と呟いた。

 腑に落ちた。納得した。

 どうやら私は、とうの昔に。

 正確に言えば祖父母の家で小太刀を見た時から。

 あるいはそれすらも切欠に過ぎず、もしかしたら生まれた時から既に。

 狂っていたらしい。


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