第4話 泥棒猫はどの世界にもいるー後編
ギンッ
金属と金属がぶつかり合うような音がした。
__あれ…?私剣使ってないのに何でそんな音がしたの。
死ぬかもしれない恐怖で思わず目をつぶっていたリコは目を開けて見た。
__目を動かせる。
__あれっ、という事は私生きてる。
最初に視界に飛び込んできたのは見覚えのある人物と数十分前まで行動を共にしていた人物だった。
「ごめんねリコォォ!脈まだ動いてるー?」
「あとは俺たちが引き受けるからそこで待ってろ。」
__アリス…?ベルセン商長…?
どういう経緯で二人がここに来たのかは分からないが、少なくともリコを助けようとしている事は明確だった。
アリスとベルセンは剣術だけでの乱闘を繰り広げている。
バッタバッタと男達を倒していく。
無駄や隙がなく、風のように早く動いている。
だがベルセンは魔術も使えるが全く使おうとはしていない。
「な、何なんだよ君達…。」
次々と自分の仲間が倒されていく光景に怯えているが表面上で未だに強がっている。
「ベルセンと言えば分かるかな?」
__ベルセン…?誰だそりゃあ。
男は数秒目の前の男の名前について考えた。
聞き覚えがあったためすぐに思い出せた。
__はっ…まさか。
「…ベルセン商長か。」
「分かったのならば引き下がりたまえ。無駄な争いや力は使いたくない主義だからね。」
「…あんまり俺を舐めんじゃねえぞ。」
男は唸るように低い声をあえて出すと剣の持ち方を変えた。
アリスとリコはこの地点で男が何をするかは予測出来ずに動けなかったが、ベルセンは男が呪文を唱えるより早くその場から駆け出していた。
__やはり私の予測通りだったな…。
__コイツは…コイツは…
__………あれ、誰だったっけ?しまった、忘れてしまった…。
__どこかで見たことあるんだけどなぁ。まあいいや。
「盗賊魔法『ポルブロウ__』」
「させるか__!」
ベルセンは手を素早く組み、唱えなくても使える手組み魔法を使った。
手組み魔法__魔法レベルが190になると使えることが出来る。
ある形に手を組むだけで簡易的な防御魔法や攻撃魔法が使える。
威力は弱いため、今回にように攻撃を阻止するためやビビらせるためなどに使われる。
「うわっ!」
「これでお前は終わりだ!風の破光線!」
ベルセンの剣先に魔力がどんどんと集まってきて、台風並みの威力の風が吹き始めた。
ビュンビュン、ビュンビュンと音を立てている。
周囲にあるものが上に吹き飛ばされたり風になびいて揺れたりしている。
アリスとリコはベルセンの魔法を今まで見たことがなかったため、とても驚愕していた。
__こ、これがベルセン商長の魔力…。
__恐るべし!
アリスがそう考えている間にベルセンの魔力は貯め終わった。
「…これを喰らいたくなければ今すぐに降参しろ。」
「降参するぐらい俺は弱くねえよ。」
「そうか、面白いやつだな。」
言い終わった瞬間、男に一直線になった風が一斉に襲いかかる。
「間違ってお前が死なないようにある程度威力は弱めてあるから安心しな。」
「ッグア!」
男はベルセンの攻撃を真正面から喰らうと一瞬宙へ打ち上げられ、そのまま地面に叩きつけられた。
「ゔっ…。」
ベルセンは構えていた剣の魔力を消し、鞘に収めた。
そして男に近寄って間違って殺していないか確かめるため脈を確認した。
特に異常は見られなかったため、アリスとリコに頼み事をした。
「これでこの男は一時的に仕留めた。今のうちにお二人さんは警団を今のうちに呼んできてほしい。頼む。」
「あいあいさー!」
「分かりました!」
アリスとリコは大通りへと駆け出して行き警団を呼びにいった。
警団とはいわば警察のような組織であり、役割も警察とさほど変わりはない。
二人が警団を呼びに行ったのを確認すると、散乱してしまったものを直しに行こうと動き始めた。
だがそれは止められた。
「ベルセン商長…警団が来るまでに少し俺の話聞いてくれるか?」
男の方から声がかかった。
話を聞いてくれないかということに疑問を感じたが暇なためそのまま聞くことにした。
「全然構わないが…どうしたのだね?刑が軽くなるとかそういう事はないぞ。」
「ああ、分かってるさ。けどこの話はどうしても、どうしてもベルセン商長に話しておきたくて前から決めてた。だから話す。」
__何か話してくれるとは言っていたが、何を話すんだ…?
ベルセンは目の前の男と本当にどこかで会っていたかもしれないという可能性を再び模索したが、おそらくないと思いその考えを打ち消した。
「俺、実は家族とかいないんだよ。生まれた時からそんな存在なんて俺には無かった。だから俺は食料とかそんな高価な物なんて持ってないし、今まで盗んでた。盗むだけ盗んだらそのまま自分に吸収してそのままポイした。正直、当時の俺はそんな状況に満足していたし、むしろこれが普通だと思ってた。」
すると男は立ち上がってベルセンの方へ向き直った。
リコを襲おうとした人と同一人物かと疑えるほど別人に見えた。
「でもそんなある日、俺は一人の奴と出会った。俺がこの商街で食べ物を盗もうとした瞬間に誰かが俺の手を掴んだ。俺がその手を振り払って逃げようと思ったけど逃げられなかった。強引にでも離そうとしたけどそれでも離れなかった。そしたらそいつが『君は何のために盗みをしているんだ?』って俺に聞いた。俺は素直に盗み以外で生きていける方法を知らないから盗みをしているって答えた。」
タッタッタ…とこちらに走って来る音が聞こえた。
アリスとリコと警団だろう。
ベルセンは気にせずにこちらを向いている男の話に耳を傾けた。
「奴はそんな俺の答えに同情してくれた。その後も俺の事に色々と興味を持ってくれたみたいで質問しては自分の答えを返していた。最初は警戒心丸出しだったんだけどな、なぜか段々と正直、みんなは俺を避けて関わろうとはしていなかったし、そいつだけが始めて俺の中に踏み込んでくれた奴だった。俺はその後奴から沢山のことを教わった。生きる術、人との付き合い方、協調する事とか本当に色々と。」
「メルヘン!警団連れて来た__」
アリスがベルセンに向けて放った言葉を手で制して止めた。
流石にアリスでも何か状況を察したらしく大人しく黙っていた。
「そのあと俺は盗みをやめた。何とかして自分で生きようとして様々な事を試したり教えてもらったりした。それでもダメだった。全てが失敗したわけじゃないけど、無理だった。お陰で大切な物をいくつか失っちまった。こんな俺はどうすればいい、俺はどうしたらいいんだベルセン。教えてもらったことしか出来ねえかもしれないけどもう分からない。何も分からない。」
「だから、教えてくれよもう一度。」
ベルセンは男の顔を見てみた。
涙が一粒、目から零れ落ちている。
一粒、また一粒と次々に零れ落ちていく。
男は下を向いてその涙を抑えようと拭き取ったりしているが抑えられない。
__抑えろ、抑えろ!
「だったらその面、上にあげろ。話はそれからだ。」
「…。」
「お前の言いたい事は分かったし、お前の事を思い出せた。確か…クロスという名前だったはず。」
「…そうだ。」
__思い出した、まだ若い頃に出会った少年だ。
__見ないうちにこんな奴になりおって…。
ベルセンは思い出した記憶を脳内で再生した。
クロスが言ったことを自分自身はしていたし、嘘は何一つ言っていないと確認できた。
だがクロスに何を言えばいいのかが分からなかった。
もう一度教えてくれと言われてもベルセン自身はもう何も教えるものは無いと思っている。
そんな状況の中、一つの言葉が思い浮かんだ。
「まず最初に一つ言ってやろう。どれだけ今が辛くても後ろとか下は向くな。雨が背中に当たって濡れてしまうし、いつ雨が止むか分からないだろう。下か後ろを向いていたら前か上を向け。困難に真っ直ぐにぶち当たる方が良いんだよ。それに雨が止むタイミングも分かる。」
「…何が言いたい?」
「今のクロスがいるのはクロス自身が選んだ答えの結果だ。過去のクロスは未来のクロスに良くなるように選んだんだ。だからいずれ良くなる。今は悪くても上か前を向いていればきっと。」
クロス自身の視界が一気に明るくなるのを感じた。
今までずっと何も見えずにいた己の中に何かが光り輝いた。
ベルセンからの言葉でずっと自分が作った荷物を背負っていたが、肩の荷が下りた感覚を味わった。
心が洗われた感じがした。
__ベルセン…。
「…ありがとうベルセン。」
「とりあえず今は、警団を呼ぶような事をしてしまったから今は彼らに着いていけ。釈放されたらまた俺の所に来たらいい。また何か教えてあげるから。」
「はい…。」
その後、クロスは警団に捕らえられ少しの間だけ刑務所へ入る事になった。
事件後
「リコ、大丈夫だった?」
「全然平気よ。お陰で四十肩も治ったわ。」
「事件一つで四十肩が治るって事件中何してたの⁉︎しかも四十肩ってリコの年齢で患ってる人初めて聞いたんだけど⁉︎」
思わぬ事実に驚愕しつつも、リコが無事なのを確認できてホッとした。
警団の方々が事件後の後処理等をしてくれ、アリスとリコはやることがなくなったので帰宅する準備を始めていた。
アリスは荷物をたくさん持ってきていなかったので、両手が空くぐらい空くぐらいだったが、リコは多めの荷物を持ってきてしまっていたために、不足物が無いか確認するのが数十分もかかってしまった。
ここでもアリスに「遅い、多すぎ」と言われ、リコはゲンコツを食らう羽目になった。
今まで通り痛かったが、四十肩が悪化したら嫌だからという理由で少しだけ威力を弱めたらしい。
アリスの僅かな配慮にリコは心の中で感謝した。
二人は荷物確認などを終わらせると、ベルセン商長や警団の方々に軽くお礼などを言いに行った。
「今日のことは本当にありがとうございました。」
「いやいや、お礼なんて言わなくてもいいよ。そもそも奴は今までにも窃盗とかたまに強盗とか犯してたし丁度捕まえられたし。むしろお礼を言うのはこっちだ。ありがとう。」
警団の団長だと思われる人が団を代表してお礼を言った。
お礼まわりを終えると、ふと、リコが何かを思い出した。
「それよりアリス、何か大事な事忘れてる気がするけど…覚えてない?」
「ごめん覚えてないや。」
「そう、ならいいわ。」
__んー、でも結構大事な事忘れてる気がするけどなぁ。
すると、二人の目の前に一匹の猫が現れた。
よく見ると口に何かを咥えていた。
その猫はアリスが探していた猫であり、リコが脳内で描いていたイメージと一致している。
「ニャオーン」
その猫の一言で二人は猫に向かって駆け出した。
「こら待て泥棒猫!私の物返せ!」
「やっと見つけた!猫ちゃん、ゴメンだけど魔法使うわ!猫派だけど!」
この日、二人はこの猫を捕まえるのにたくさんに人や店に迷惑をかけたとさ。
めでたしめでたし。
「「めでたしめでたしじゃないでしょーが!」」
なんとかして今回で終わらせるためにクロスの会話を多くしました。
改めて見返してみると「クロスの会話文長ッ」って思います。