嫁と家
「アカリ、座れ!」
「え~、今洗い物してるのに・・・」
「いいから、座れって言ってるだろ!!」
「なんて~?」
アカリが洗い物をしているキッチンまで移動する。
アカリの後ろに立つ。
「どうしたの?ごめんね。水の音で聞こえなくて・・・」
「・・・、アカリは俺が浮気したらどうする?」
「え~?・・・その時考えるよ~」
「今考えろよ!今!」
「ねぇ、ヨウにゃん、そんなもしも話なんて嫌な気分になるだけだよ~。不毛~」
「そんなんじゃ話終わっちゃうだろ!お前、夫婦なんだからもっと話さなきゃ駄目だし、
お前も小説書いてた奴なら、人と話すことで見聞を広げるとかさ!もっと、俺の話に付き合えよな!」
「わ、分かったよ~、洗い物しながら聞くから。で、なんだっけ?」
「浮気だよ浮気!俺が浮気したらどうする?
ちなみに俺はお前が浮気したらお前が結婚前から貯金してる預金と
夫婦でためてる預金全部俺のにするからな」
「え~、なんで~」
「浮気するのかよ」
「しない!私、ヨウにゃんだ~い好きだから♡」
「もう!良い子だなぁ~リンリンは!で!俺が浮気したらどうすんの!」
「ん~・・・、そもそも結婚前に10年付き合って、
私、ヨウにゃんのこと信頼してるからそんなことなるなんて想像浮かないよ~」
「おいおいおいおい!作家の端くれだろ!もっと、想像力を働かせろよ!」
「私、ファンタジーしか書かないのに・・・。ん~、一回だけで反省してたら、許してあげる」
「ま~じ・・・」
「・・・浮気、する気なの?」
「いやいや、たとえの話だろ」
「ふ~ん」
「・・・よし!洗い物に集中していいぞ!」
「ん、うん・・・」
俺は書斎に戻った。
スマートフォンを取り出し、キッチンに居るアカリを気にしつつ、
椎名さんの情報を取り出す。
先日、会った時に頂いたものだ。
SNSのアカウントをこっそり見るのとは話が違う。
この情報があれば直接やり取りできる。
共通の友人からたまに椎名さんの話は聞いていた。
大学で年上の彼女が出来たとか。
SNSを始めたとか。
聞いた当初、一度だけ友達から辿ってSNSを見たことがある。
でも、自分の知らない椎名さんを見ることが怖くて辞めた。
男とキスをしたり、男同士で体を触ったり。
最後はきっと、嫌だったんじゃないかと、罪悪感を持っていた。
罪滅ぼしが出来るなら、何でもすると思っていた。
俺はこの人と付き合えたことで、人生の幸福ゲージを全部使い果たした。
会えなくなってからも、女々しくも想っていた。
こんなにも世界から疎外された僕を。
君は救ってくれた。
僕が書いた文章を好きだと言ってくれた。
こんなにもみんなに好かれ、
頭もよく、見た目も美しい、この人が。
僕の物に。
僕を見ている。
独占欲と支配欲。愛に飢えた俺は。
相手を思いやることがはたして出来ていたのだろうか。
今考えると死にたくなる。
死んだ方が世界の為になるんじゃないか。
許されたい。
会いたい。
根底にはそんなことが渦巻いていた。
文章にぶつけ、生活にぶつけ、
いつの間にか、いい年だ。
間違いを犯してばかり。
大切なものを大切にできない。
今ある生活が幸福なものだと知っているのに
自分から壊していく。
何もできないくせに
何もかもできるような顔をして。
そのことに気が付かないふりをする。
アカリの笑い声が聞こえる。
洗い物が終わって、リビングで一休みしてるんだろう。
アカリと俺は本当に違う人種だと思う。
一般的な家庭で育ったごくごく普通の人間。
ずるい所もあるけど、
損得なしで人にやさしくできる。
これは育った環境が良かったせいだと思う。
でも、人にやさしくなんて、時間の無駄だろ。
自分にやさしく。自分に甘く。いつか死ぬのに。だが為の人生よ。
いうて、底抜けに、クズにもなれない。
ギャンブルやって、酒で暴力、借金作って踏み倒して、浮気して、人の気持ちなんて考えない。
そこまでいったら、何も考えなくていいのかなと、少し羨ましい。
自分のことで精いっぱいだって、誰が見ても、本人さえもそう思うのだから。
頭の悪いバカ野郎で近付きたくない存在。
でも、こういうやつに限って、周りに人がいたりして。無意味に嫉妬する。
俺は、俺を大切にしてくれる人を大切にしたいし、
俺を大切にしない奴は皆嫌いだし、
気に食わない奴は総じて気に食わない。
心の中で、俺とアカリとインフラ整備してるやつ以外の人間なんて死ねと考えている。
あとは、宝くじ当たれ!と会社を辞めてからよく思っている。
「ヨウにゃ~ん、お風呂湧いたよ~はいろ~」
リビングからアカリの声が聞こえた。
「あ、あぁ」
お風呂は一緒に入っている。
うちには追い炊き機能が無いし、仕方なくだ。
スマホの画面を閉じ、お風呂場へ向かう。