にゃんこの習性
「……コーヒー、入ったわ。お仕事に戻るのなら何か食べる物は?」
賢司専用のマグカップにコーヒーを注いだ美咲が声をかける。
「食べるものはいいよ、コーヒーだけで」
いつもそうだ。賢司は妻の料理を口にしない。
外ではちゃんと食べるのだろうか?
誰が作ったのかもわからないような、コンビニのお弁当や、スーパーの総菜を。
兄はコーヒーを飲んで立ち上がると自分の部屋に向かった。
「それじゃ仕事に戻るよ」と玄関を出て行く。
着替えを取りに来ただけだったようだ。
部屋に残った周と美咲の間に気まずい沈黙が落ちた。
「……ごめんなさい……」義姉が言った。
「何が?」周は軽く苛立ちを覚える。
答えはない。彼女はきっと、周をフォローするようなことを言えなかったことが気にかかっているのだ。
「別に、義姉さんが謝ることなんて何もない」
リビングを出て行こう。
周が身体の向きを変えた時、どこからかニャ~と切なげな鳴き声が聞こえてきた。
メイの声だ。どこからだろう?
子猫の声は続く。
周はリビングを出て他の部屋を探し、そして風呂場で子猫を見つけた。
どこをどう昇ったのか、メイはシャワーヘッドにしがみついてミャアミャア鳴いている。このまま下に落ちたら湯船にドボン、である。
「何やってるんだよ、お前は!」
呆れて周は小さな身体を掴んで腕に抱いた。
猫は好奇心旺盛でとにかく高いところが好き。
足がかりさえあれば、どこにでも昇ってみる習性があるものだ。
しかし、時々降りられなくて鳴いてしまうこともある。
まったく……周はぶつぶつ言って子猫を床に降ろした。すると。
くすくす、と義姉の笑い声が聞こえた。
「猫ちゃんって本当におもしろいのね」
周はほっとした。義姉が笑顔になると、それだけで嬉しい。
「……今の、動画に撮っておけばよかったかな。ネットで話題になるかもな」
「そうなの?」
「そうだよ。ネットの世界じゃ、猫の動画とか画像とか、おもしろいのたくさん投稿されてるんだぜ? 見たことない?」
「私、パソコンはまったくダメだから……」
「だからさ、習いに行けって言ってるだろ? 今時、巣鴨の地蔵通り商店街に出没する婆さん達だってスマホ使ってるんだぜ。それに、ネットが使えると実家の宣伝にもなるよ」
「ああ、ホームページとかなんとかっていうのでしょう? 専務さんがやってるけど私にはさっぱり何のことやら……」
義姉の機械音痴は筋金入りのようだ。まぁいい。
「他の猫が見たければ俺に言いなよ。おもしろいの、見せてやるから」
お願いね、と答えた義姉の顔色はすっかり顔色が良くなっていた。