自暴自棄
賢司が振り返る。
ホッとして手を緩めたのは周の判断ミスだったと言わざるを得ない。
ガツっ!! 鈍い音と衝撃。
周は頬に熱さと鋭い痛みを感じ、殴られた弾みで廊下に尻もちをついてしまった。
口の中を切ってしまったようだ。血の味が広がる。
何か言おうとして賢司を見上げた彼は、恐怖で言葉を失ってしまった。
兄の顔には表情がなかった。
普通ならこんな時、それなりに何らかの感情を表に出すだろう。
でも彼は、それこそ能面のような顔でこちらを見下ろしている。
「こういうのは二度とごめんだ」
彼は言い捨てて、そうして出かけて行った。
「……周君?!」
泣き腫らして真っ赤になった眼のまま、美咲が部屋から出てくる。
「どうしたの? 大丈夫?!」
人の心配してる場合かよ……周は首を横に振った。
「なぁ、義姉さん……」
腫れ上がった頬を手で押さえながら、
「俺がこんなこと言うのもおかしいけど、今だったら義姉さんが他所に男を作ろうが何しようが、何も言わない。血のつながらない甥っ子ができたって可愛がってやるよ」
美咲の顔が強張る。
周の頭の中にはあの、駿河と名乗った刑事の顔が浮かんでいた。
ストーカーでも何でもいい。むしろ向こうの方が相応しいのではないだろうか。
「だいたい、なんであんな男と結婚したんだよ?」
「……ためよ」
「え?」
「お金の為よ!! それの何がいけないって言うの?!」
そう叫んで義姉は再び、部屋に閉じこもった。




