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兄登場

 いったいどういう心境の変化なのか、翌日周が学校から帰るとメイはすっかり新しい子猫を受け入れてくれていた。

 今も二匹は寄り添ってソファの上で丸まっている。

 その様子を微笑ましく思いながら周はパソコンの電源を入れた。


 義姉は今日帰ってくると言っていた。

 冷蔵庫には、まだ食べ切れていない惣菜が大量に残っている。 

 

 メールをチェックする。長い間チェックしていなかったら、ダイレクトメールが山のように溜まっていた。不要なものを次々削除していると玄関ドアが開く音が聞こえた。

 

 義姉だろうか? それにしては少し早いのではないだろうか。

 周が玄関の方に向かうと、そこに立っていたのは兄だった。

「賢兄……」

 兄の名前は藤江賢司ふじえけんじ

 周は幼い頃から『けんにい』と呼んでいる。

「ただいま」

「どうしたの?」

「どうしたって、自分の家に戻ってきたらおかしいかい?」

 賢司は笑いながら上着を脱いでリビングのソファに腰掛けた。

「何か変わったことはない?」

「……ないよ、別に」

 兄の賢司は自分の親族が経営する藤江製薬という企業に勤めており、研究員として日々新薬の開発に取り組んでいる。

 ほとんど毎晩のように職場に泊まり込んでいるため、たまに着替えを取りに戻って来る以外は顔を合わせることはまずない。

 二匹の子猫は初めて見る顔がいきなり隣に座ったので、驚いて床に飛び降りる。

「猫、飼ってるの?」兄は言った。

「メールで報せただろ」周は答えた。

 そうだったかな、と賢司は新聞を広げる。


 彼は周とは半分しか血がつながっていない。いわゆる正妻の長男だ。

 猫二匹は彼の足元をうろうろしてにおいを嗅いでいる。

 誰だ? こいつは。


「そういえば美咲は?」

 今さら妻の不在に気付いたように、賢司は辺りを見回す。

「実家に戻ってる、旅館の方が忙しいから手伝いに。それだって連絡来ただろ?」

 そうだったかな、と兄は今さらのように携帯電話をチェックし始める。

「ああ、本当だ。10日には帰るって……ああ、今日なんだ」

 言っている傍から玄関が開き、義姉が姿をあらわした。

「周君、ただいま……あら?」

 義姉の美咲はリビングに真っ直ぐ入ると、ソファに夫が座っていることに気付く。

「賢司さん、おかえりなさい」

「ただいま。旅館のお仕事、お疲れ様だったね」

 身内が言うのもおかしいかもしれないが、周は兄の賢司と義姉の美咲は正真正銘美男美女のカップルだと思う。それこそ並んでいると絵でも見ているかのような。

 だけど、この二人は本当に絵に描いただけの夫婦なのだということも知っている。

「お食事は?」

「実は、そうのんびりもしていられないんだ。少し休憩したら仕事に戻らないと」

「そうなの? だったらせめてコーヒーぐらい……」

「そうだね、淹れてもらおうかな」

 時刻は午後10時半を回っている。

 だけどこんな時間にまた職場に戻らないといけないなんて、と周は思う。

 確かに実験は目が離せない時もあるだろう。


 美咲は荷物の整理もそこそこに台所へ立ち、お湯を沸かし始めた。

「ねぇ、周。この子猫、職場へ連れて行ってもいいかな?」

 先日拾ってきたばかりの三毛猫を指さして賢司が言った。

「えっ? どうして……まさか、実験に使うんじゃないだろうな?!」

 周は真面目に言ったつもりだった。

 が、兄はくすくすと笑いながら、

「まさか、そんなことする訳ないよ。僕は人間が飲む薬を研究してるんだからね」

 その為には家庭も妻もほったらかし、か。

 喉まで出かかった台詞を辛うじて飲み込む。

「なに、疑ってるの?」

 周が黙っているのを不審に思ったらしい。賢司が訊ねてきた。

「別に……」

「昔は素直な良い子だったのにね、周も。いつの間にそんな、人を疑うなんていう卑しいことを覚えたんだろう。やっぱり母親の血なのかな?」

 全身の血が沸騰する。賢司は今まで、周の母親を蔑視したような発言はしなかった。

 義姉は何も言わない。彼女は青い顔をして黙っている。

「冗談だよ、本気にしないで」

 賢司は足元でちょこちょこ動いている、三毛猫の首根っこをつまんだ。

「職場の同僚でね、猫を飼いたがっている人がいるんだ」

 周は兄の手から子猫を取り返すと、

「だったら、保健所に行けよ!! 毎日何千、何万匹って殺処分を待ってる可哀想な猫がいるんだ!!」

「じゃあこの子達は、幸運な何万分の2匹な訳だね」

 不穏な空気を察したのか、メイと三毛猫はリビングを出て行った。


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