舞台袖からあらわれたヒロイン
「なぜだ? なぜ裏切ったんだ?!」
西崎の銃口が市ノ瀬に向かう。
「寂しかったんですよ」
ぽつり、と市ノ瀬は言った。
「美貴子さんはずっと……寂しかったんです。西崎さんにただ、そばにいて話を聞いて欲しかったんです。彼女はそう言っていました。あの人は仕事と昇進のことしか考えていない。いつか刑事課長になって、部長になって、今よりももっと豊かないい暮らしをさせてやるって口癖のように言って……でも、そんなものは欲しくなかった」
「嘘だ……」
「本当です。一緒に人生を歩んで行きたいから、好きで結婚したのに……」
ガクガクと西崎が全身を震わせ出した。
「隆弘は俺の子供です! だから、本来なら俺にこうする資格があるんだ!!」
市ノ瀬が西崎に飛びかかった。拳銃を奪おうと揉み合いになる。
ズン、と鈍い音がした。
血がポタポタと地面の上に滴り落ちる。
「……あ……」
がくり、と膝をついたのは市ノ瀬の方だった。彼は右手で左腕を押さえていた。
どうやら腕を撃たれたようだ。
「もうやめろ、西崎!!」
上司が叫んでいる。
「そんなに言うのなら、お前も隆弘の後を追うがいい」
西崎の銃口が市ノ瀬の額を至近距離で捕えている。
引き金に指がかけられる。
どうする?!
その時だった。
「ダメだ!!」周が姿を見せた。「撃っちゃダメだ!!やめてくれ、お父さん!!」
「……」
思いがけない登場人物にその場にいた全員が驚愕した。
「隆弘はいつも、お父さんの自慢話してたよ! 大好きなお父さんだって言ってた!! 誰よりも尊敬してるって……本当だよ!!」
西崎の中で何かが壊れたようだ。
彼は銃を下ろし、地面に膝をついた。
呆けたように口をポカンと開けて宙を見つめている。それから涙がこぼれ落ちた。
和泉が視線で語りかけてくる。
駿河は拳銃をしまい、代わりに手錠を取り出した。
「西崎さん、あなたを殺人未遂および傷害の現行犯で逮捕します」
抵抗はなかった。




