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遠足気分:2

 この時間に山頂に登ればきっと、海に沈む夕日が映えてロマンチックこの上ないことだろう。

 穏やかな瀬戸の海は今日も凪いでいて、潮の匂いがする。

 

 しかし今はそんな感傷に浸っている場合ではない。

「それにしても、いったいどういうつもりなんでしょうね?」

 決して緩やかではない坂道を登りながら、和泉は聡介に話しかけた。

「わからん、今はとにかく……一刻も、早く西崎を……確保することだけを考えろ」

「わかりました……って、聡さん、大丈夫ですか? だいぶ息が上がってますけど」

「お前が、話しかけるから……だろうが」

 聡介の年齢ぐらいになると坂道を登るのも楽ではないだろう。

 自分は安全なところにいて、部下に指示を出すだけにすればいいのに。彼の性格上それは無理な話か。

「辛くなったらおんぶしますから、言ってくださいね」

 和泉は言ったが、聡介は返事をしなかった。

 

 その時、無線機で連絡が入った。

「……なんだって?」

「どうしたんです?」

 聡介は苦い顔をして和泉を見た。

「葵から連絡があった。西崎は人質を取っているらしい」

「人質? 旅館の仲居さんですか?」

「ああ、それも美咲さんらしい」

「美咲さんて、お隣の? 周君の義姉さんですよね。どうしてそんなことになるんです」

「……西崎が泊まった部屋の係が、彼女だったんじゃないか?」

 思っていた以上に最悪のケースだ。

 少しも笑えなくなってしまった。

 

 人の話し声が聞こえた。聡介が足を止める。

 多分、西崎にたどり着いたのだ。視線で待機を命じられる。

 和泉は無言で頷き、拳銃を抜いた。

 

 まわりに観光客は一人もいない。

 幸いなことに木々が姿を隠してくれる。しかし、

「刑事が到着したようですよ、美咲さん」

 和泉は西崎と会ったことがない。だから彼の声も知らない。

 しかし明らかに中年男性の声と思われる声が、少し上の方から聞こえてきた。

「誰だ? そこにいるのは」

 聡介は和泉に頷きかけ、そうして姿をあらわした。

「やっぱりお前か、高岡……」

 西崎充は写真のままの姿で岩場に腰を下ろしている。

 すらりとしたロマンスグレイ。聡介の同期は姿形も似通っているのか。

 

 彼のまわりには知っている顔とそうでない顔があった。

 藤江美咲はもちろん知っている。そして緒方翔も。しかし、もう一人知らない顔が青ざめて膝をついている。

「……西崎……それに、市ノ瀬だったか? どうしてここに……」

 その名前は和泉も聞いたことがある。確か西崎の相棒だ。

「西崎、お前はいったい何をやっているんだ?!」聡介は叫んだ。

「見ればわかるだろう、隆弘の敵討ちさ」

「お前は刑事……警察官だろう?! 何をバカなことしてるんだ!!」

 彼の銃口は真っ直ぐに翔を向いたままだ。

「正確には元、だ。辞表は課長の机の上に置いてきた」

 西崎は笑ってそう答えた。

「そういう問題じゃない!」

「とりあえず」和泉は口を挟んだ。「美咲さんは関係ありませんよね? 安全な場所に移動させていただきます」

 和泉は西崎に銃口を向けつつ、美咲に近付く。

「和泉さん、私はいいんです。それよりもこの方が……」

 この方というのはおそらく市ノ瀬のことだろう。


 彼は額から血を流しており、美咲がハンカチでその傷口を抑えていた。それぐらいで死にはしませんよ、と喉元まで出かかったが、辛うじてセーブする。

「自分は何でもありません。早く、安全な場所へ……」

「……だ、そうですよ? 美咲さん。周君が心配しています」

 義弟の名前を出した途端に彼女の目が揺れた。

「早く山を降りてください、すぐ近くに警官を配備しています」

 廿日市南署の地域課員が近くにいるはずだ。その警官に保護してもらって下山すればいい。

 しかし美咲は首を横に振る。

「もしかしたら、私も力になれるかもしれません」

 どういうつもりでそんなことを言うのか和泉には理解できなかった。

 

 もしかしたらまだ西崎には良心が残っていて、無関係な人間が楯になれば、発砲しないかもしれないと考えているのかもしれない。

 だが、そんなことは誰にも保証できない。

「ダメです、山を降りてください」

 美咲さん、と西崎が彼女に声をかけた。

「どうか……ここにいてください」

 それは幼い子供が、眠りにつくまで傍にいて欲しいと、母親に懇願しているようにも聞こえた。

 わかりました、と美咲は答える。

 心配そうな周の顔が浮かんだ。

 仕方がない、万が一の時は自分が何とかするしかない。


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