救出作戦:1
いつになく、兄の携帯電話がすぐにつながった。
『周? どうしたの』
「賢兄、義姉さんが大変なんだ!! すぐに宮島に来てくれ!!」
周は正直なところ詳しい事情は把握できていない。
ただ、義姉が少し頭のイカれた宿泊客に脅され、弥山のどこかに連れ去られたとしか。
石岡と呼ばれた板前が駿河に詳細を話していたが、まともに聞いていなかった。
頭の中は義姉を助けることでいっぱいだった。
でも、どうやって?
とにかく兄の賢司に連絡しなければ。周は携帯電話で兄の番号をダイヤルした。
早口で少し要領の得ない説明をする。しかし兄は答えて言った。
『……わかった。とりあえず、宮島に着いたらまた連絡するから』
それでも妻の一大事には駆け付ける訳か。周は妙なところで感心してしまった。
ひとまずフェリー乗り場に行って賢司を待とうか。
彼の職場は広島湾沿いの工業地帯にあり、宮島まではそう遠くない。周は立ち上がって旅館を出ようとした。
「どこへ行くつもりだ?」駿河に止められる。
「兄貴を迎えに行くんだよ!」
「……じっとしていろ、効率が悪い。それに私は高岡警部から君を見張っているよう指示されている」
「あんた、どうしてそんなに平気な顔していられるんだよ?!」
周は顔色一つ変えない駿河に向かって叫んだ。
すると彼は肘掛けに置いていた腕を震わせて、
「平気でいられる訳がない。だが、無闇に動くのは危険だ」
そうかもしれない。
だけど、こうしている間にも義姉は恐ろしい目に遭っているかもしれないのだ。
そう考えたらふと、別の考えが浮かんだ。
兄の到着など待たなくていい。
いっそ、自分が助けに行くんだ。
「……弥山って、携帯つながるよな?」
今時、青木が原樹海でさえ携帯の電波が届くのだ。
「我々には無線機がある」
「だったら行動あるのみだ! 俺は姉さんを助けに行く」
「……」
「じっとしてたら後悔するぞ? 効率とか、上司の命令とか、そんなもん知ったことか。好きな女の危機にじっとしてる男なんてストーカー失格だ!!」
自分でも滅茶苦茶なことを言っていると思っている。それでも周は動かずにはいられなかった。
ふっと、駿河が笑った気がした。
「そうしよう。ただし、条件がある」
「……条件?」
「決して、勝手な行動はするな。私について来い」
周はムッとしたのを顔に出したが、
「相手は拳銃を持っている」
駿河のその一言ですっと冷静になった。
「君のことは私が守る。だから、絶対に傍を離れるな」
同じことを義姉さんにも言ったことがあるのかよ、このストーカーめ。
周は胸の内で毒づいた。
賢司は宮島に着いたら携帯に電話してくるだろう。迎えになんか行かなくて良い。今はとにかく義姉の救出が最優先事項だ。




