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弥山に登ろう

 それが本物なのかモデルなのか、拳銃を初めて見た美咲には区別がつかない。

 翔はすっかり怯えている。

 東原の右手には拳銃が握られている。

 その銃口が躊躇いなく真っ直ぐ翔に向けられていたが、少年は美咲の後ろに隠れていた。

「美咲さん、あなたは地元の方でしょう? きっと観光客がやってこない場所をご存知のはずだ。そうだ、山の上がいい……今日は天気がいいから景色が素晴らしいでしょうな」

「わかりました……」

 美咲は頷き、歩き出す。もはや午後も遅い時間になり日が傾き始めた。


 宮島には弥山という観光スポットがある。

 ほとんどの観光客は山を降りてめいめい旅館に、帰り道へと歩き始める。人の波とは反対方向へ美咲達は決して緩やかではない坂道を登り、一歩一歩慎重に歩いていく。

 一番若いはずの翔はすぐに息が上がり、ぜいぜいと肩で息をついている。

 それでも足を止めることはできない。

 彼の脇腹にはぴったりと銃口が押し付けれているからだ。

 頑張って。美咲はそう励ましながら、ともすれば足を止めそうになる彼の背中を押すようにして山を登った。

 

 そこは観光客がめったに足を踏み入れない、地元の人間しか知らない場所である。東原はごつごつした岩場に腰を下ろし、美咲にも座るよう言った。そして、

「……あなたを巻き込んでしまって申し訳ない」

 東原はそれでも銃口を翔に向けたままだ。

「いいえ、でも……どうか、詳しいことをお話していただけませんか?」

 美咲は言った。

「そうだな、あなたには知る権利がある」

 それから彼は携帯電話とはまた違った無線機のようなもので、誰かと話し始めた。

「位置はわかっているだろう? そうだ……」

 少しして岩陰から新たな人物が姿をあらわした。

 がっしりとした身体つきに、日焼けした精悍な顔立ち。

 背丈はそれほど高くないものの、何かスポーツをしていたのだろうと思われる敏捷な動きをしている。

「市ノ瀬、お前から話してやれ」

 市ノ瀬と呼ばれた男性は、どうやら東原の知り合い……それも部下のようだ。

「美咲さん。この男はね、私の相棒……だった男ですよ」

「ご一緒にお仕事をなさっていたということですか?」

「そうです、私はこう見えても警察官……廿日市南署の刑事、でした」

 既に過去形だ。

 そして『廿日市南署刑事課』という名詞は美咲の心を少なからずざわめかせた。


 市ノ瀬は申し訳なさそうな顔で、

「先日、天満川の土手でホームレスが不良少年のグループに襲われた事件があったのをご存知でしたか?」と、話し始めた。

「ええ……ニュースで見ました」

「そのグループのリーダーで、主犯格がこいつ、緒方翔なんですよ」

 美咲は驚いて翔を見つめた。少年は気まずそうに目を逸らす。

「そして、グループの中には西崎隆弘という少年もいました。彼は警察に逮捕され……仲間の情報を一切明かさないまま、留置所で自殺しました。この方は自殺した少年の、父親です」

市ノ瀬はなぜか父親だと言う時に、一瞬だけ言いよどんでいた。

「でも、お名前が……」美咲が言うと東原は笑って、

「私は警察に追われる身ですからね。本名で泊まる訳にはいかなかったのですよ。本当の名前は西崎です」

「西崎さん、つい先ほど緊急配備の命令がありました。あの旅館に潜伏していたことがバレたようです。こうなったら見つかるのも時間の問題です……もう、こんなことはやめてください」

 市ノ瀬は懇願するような口調で言った。

「あなたはどう思いますか? 美咲さん」

 

 東原と名乗った西崎は相棒の言葉を無視し、美咲の方に問いかけた。

「私が今、何をしようとしているかわかりますか?」

 どう答えるべきだろうか。下手な答えをして怒らせてはいけない。でも、考えられるのはただ一つ。

「……息子さんの仇を取ろうとお考えなのですか?」

「息子……ふふっ、確かにそうです」

 そう言って彼は一瞬、銃口を下に降ろした。


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