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よくある手口

 ショウから美咲に電話がかかってきたのは、午前中の仕事が終わってやっと昼の休憩時間が取れるようになった時だ。

 従業員用の休憩室で椅子に腰かけてほっと一息つく。

「もしもし、どうしたの?」

『……腹が痛い……頭も痛い……』

「えっ?」

 美咲は回りに人がいないかを確認し、すぐ近くに他の仲居がいることに気付いて、立ち上がり外に出る。風邪でも引いたのだろうか。

『吐き気もする……このままじゃ死んじまう』

「待ってて、すぐに行くから!」

 通話ボタンを切って携帯電話を懐にしまう。


 風邪薬を持って行けばいいのかしら? そしてふと、美咲は思い出した。

『何があっても絶対に一人で翔に会いに行っちゃダメだ』

 孝太がそう言っていた。どうして彼があんなことを言ったのかわからない。

 相手はまだ子供だ。よからぬことを企んだりする訳がない。

 

 でも……。

 少し悩んだ末に美咲は厨房に孝太の姿を探した。

「よう、どうしたんだよ」

「今、翔君から電話があって……」

 話を聞いていた孝太は息をつくと、

「わかった。俺も一緒に行くよ。それにしてもサキちゃん……」

「なぁに?」

「いや、なんでもない」心なしか孝太は嬉しそうだった。


 風邪薬と食べる物を持って、男性用の従業員専用寮に二人で向かう。

 女性用と違って男性用の寮は少し離れた坂の上にある。

「やっぱりさ、翔のこと警察に連絡した方がいいと思うんだ」

 あと数メートルで目的地、という時に孝太が言いだした。

「どうして?」

「……あいつの言うことが、全部真実だとは限らないだろ?」

「私だって全面的に信じている訳じゃないわ。でも、家出する子ってほとんど例外なく家庭に複雑な事情のある子でしょう? 家に帰らせるのも可哀想かなって……」

「そうだろうけど、いつまでも匿っておけないだろ」

 彼の言うことは正しい。それは美咲にも理解できる。けれど……。

 

 鍵を開けてドアを開けた。

 6畳一間の部屋は昼間からカーテンが閉まっていて薄暗い。

 翔は畳の上に布団を敷いて横になっていた。

「翔君、大丈夫?」

 美咲は靴を脱いで膝立ちになり近付いて行く。

 額に手を当ててみる。熱はないようだ。

 孝太はドアのところにもたれ、腕を組んで立っている。

「食べる物とお薬、持ってきた……きゃっ?!」

 布団から伸びてきた手が美咲の手首を掴み、ものすごい勢いで引っ張られる。


 バランスを崩した彼女は畳の上に横たわった。そこへすかさず翔が圧し掛かって来る。

 美咲は悲鳴を上げた。

 やはり孝太の言うことを聞いて正解だった。

 そしてすぐ、カエルをつぶしたような声が頭上で聞こえた。

「……てめぇ、ふざけんなよ。ぶっ殺されたいのか?!」

 翔は美咲が一人で来たものだと思っていたのだろう。

 何がなんだかわからない、という表情で孝太に胸ぐらを掴まれている。

 

 乱れた襟を直し、美咲は立ち上がった。

「クソガキが、やっぱりてめぇは警察に突き出してやる」

「それは困ります」

 第三者の声に美咲も孝太も振り返る。

 そして、心臓が止まるのではないだろうかと思うほど驚いた。

 

 ドアのところに東原が立っていたからだ。

 しかもその手には拳銃が握られている。

 彼は無表情のまま、美咲や孝太の肩越しに部屋の中を見つめていた。

「……東原さん……?」

「知ってる人か?」

「303号室のお客様よ……」

 東原は靴を脱いで中に入ってきた。その銃口は真っ直ぐに翔の頭を狙っている。

「東原さん、どうして?」

「……板前さん、昨夜も朝も、昼も本当に美味しい料理を出してくださってありがとうございました。最期に食べられて幸せでした」

 孝太は礼を言うのも忘れて、携帯電話を取り出そうとした。しかし、

「それはダメです」

 却下されて仕方なくポケットに戻す。

「どうしてって、きっといろいろお聞きになりたいことがあるでしょう。ですが残念ながらあまり時間はありません。美咲さん、あなたには私とこのガキと一緒に来ていただきます。それから板前さんはこのまま黙って旅館にお帰りください。私のことも、この男のことも一切口外しないように」

「そんなことできるか! サキちゃんをどうするつもりだ?!」

 孝太は叫んだ。すると東原はくすっと笑い、

「あなたは男気のある方のようだ、そこのガキとは違ってね。ご覧なさい、か弱い女性を盾にしようとするなんて」

 東原の言う通り、翔は美咲の後ろに隠れていた。

「それはどうも……それより……」

「言う通りにしてください。あなただって、この美しい女性を失いたくはないでしょう?」

 東原は美咲に手を差し伸べた。

「……孝ちゃん、言う通りにして。お願いよ」

「サキちゃん……」

 少し迷った末、孝太は何かを振り切るかのように走り出した。


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