流行りの壁ドン
自分のデスクで、男性向け週刊誌を見ていた日下部の後ろを通りかかった和泉が、ちょうど開かれていたページのいかがわしい写真についてコメントをしたら、友永と三枝が寄ってきた。
その後話題が卑猥な方向へと流れて行ったので、聡介は眉を顰めた。
まわりに婦人警官も女性の事務員もいないのをいいことに、男どもは昼間から下品な冗談で盛り上がり始める。どのタイミングでやめさせるか見極めようと思っていた時だ。
「ねぇ、葵ちゃんはどう思う?」
和泉が駿河を話に加わらせようとした。
黙々と仕事をしていた駿河は、何のことだかわからなかったようだ。
そこでこっち来てと和泉が彼を呼び寄せ、開いていたグラビアを見せた。
最近テレビにもよく出ている女性タレントが、際どい格好をして写っている。
すると人造人間と呼ばれる駿河の顔が、瞬く間に真っ赤に染まった。
彼はさっと顔を背けて無言のまま回れ右をして自分の席に戻る。
他の男達は一瞬ぽかんとした後、爆笑の渦に包まれたのであった。
その場の収拾をつけてから聡介は一人ずつに拳骨を喰らわせ、駿河に慰めの言葉をかけて、それから和泉の襟首を掴んで部屋の外に連れ出し、廊下の隅に連れて行った。
息子は不満そうな顔をしている。
「……なんで、僕だけここまで怒られなきゃならないんです?」
「お前が火付け役だからだ! わかってるだろう? 駿河はお前達と違って、真面目で潔癖な人間なんだぞ」
「どうせ僕らは下品で卑しい育ちですよ」不貞腐れた様子で和泉が言う。
「そういうことを言ってるんじゃない! もっと気を遣ってやれと言ってるんだ!!」
「どうしてです?」と、今度は反抗的になった。
「どうして、だと?」
「だって、葵ちゃんも僕らも皆、聡さんの部下ですよ。どうして彼だけ特別扱いしなきゃいけないんですか?」
どうやら和泉は本気で言っているようだ。
聡介は何と答えていいのかわからなくなってしまった。
「だいたい、この頃聡さんは葵ちゃんのことばっかり大切にしてませんか? 僕は聡さんの息子ですよね?」
いつの間にか形勢が逆転していた。
気がつけば聡介の方が和泉に壁際にまで追い詰めらて、整った綺麗な顔が間近に迫っていた。
「……部下は全員、俺にとって息子みたいなもんだ」思わず目を逸らしてしまう。
「その中でも特別可愛いのと、そうでもないのがいますよね? 友永さんや三枝さん、日下部さんのことも同じように思えるんですか?」
正直なところ肯定はできない。
聡介が黙っていると和泉はなおも、
「聡さんは、僕と葵ちゃんのどっちが可愛いんですか?!」
絶句。
そう言えば最近、和泉の機嫌の悪い日が多かった。
単に飲み過ぎか寝不足だろうと思っていた。まさかそれが原因だったとは。
「答えてくれるまで離しませんからね?」
「おい、冗談はよせ」
和泉の顔は真剣そのもの、に見えた。
が、次の瞬間。
「なーんちゃって。聡さん知ってます? これが最近流行りの『壁ドン』ですよ」
和泉はにっこり。
聡介はぶち切れた。
「……和泉って奴は頭がいいのかバカなのか、よくわからんな」と、友永。
「お父さんのことが大好き過ぎて、かまって欲しくて仕方ないんだよ」と、三枝。
「そんなんだから嫁さんに逃げられるんだよ」と、日下部。
父の怒りはしばらく消えることはなかった。
そういう訳で和泉はその夜、閉め出されたのである。