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巻き込まれ体質

「葵ちゃん」

 あれこれ思案している内に、三枝の濃い顔がすぐ傍に迫っていた。

「何ですか?」

 和泉だけでなくこの男も同じ呼び方をするのか。どうせやめろと言っても無駄だろう。

「あそこのもみじ饅頭売ってるお姉さんと、しゃもじ売ってるお店のお姉さん、どっちが好みのタイプ?」

「……どちらでもいいです……」

「じゃあ、しゃもじ屋さんにしよう。すみません、警察でーす」


 そのしゃもじを売っている土産物屋で初めての手ごたえがあった。

 店員が、ショウと見られる少年に『ミサキ』のことを訊かれたという。

「髪の毛を金色に染めた男の子でしょう? ミサキって人を知らないかって聞いたのよ」

 金色までいかないまでも髪をすっかり脱色し、長い爪にはキラキラとネイルを輝かせている、派手な身なりの女性がそう答えてくれた。

「なんだかただごとじゃない雰囲気だったわね。それこそ、命の危険でも感じてるみたいな。ずっと辺りをキョロキョロ見回してて……」

「それで、何とお答えになられたのですか?」

「実はあたし、この島の出身でね。寒河江美咲って子が同級生にいたのよ。もしかしてそのミサキなら、この先の『御柳亭』っていう旅館で仲居を……」


 最後まで聞いている余裕はなかった。

 駿河は驚いて目を丸くしている三枝を尻目に走り出していた。



 相手が警察だからなのか、それとも他に理由があるのかはわからないが、応対に出た仲居はとにかく愛想の欠片もない態度だった。

「知りませんよ、そんな人。他を当たってください」

 周の義姉が勤務する『御柳亭』という旅館の玄関ロビー。

 

 和泉がたまたま通りかかった仲居に声をかけたのだが、知らないという返事だった。

 それも最後までロクに話も聞かない内に。美咲の名前を出した途端にこれだ。

 本当は知っていて隠しているのではないか。そんなふうに勘ぐってしまう。

「……他にも、同じことを訊ねてきた少年がいませんでしたか?」

 返事は同じだった。

「では、この男性を見かけませんでしたか?」

 和泉が西崎の写真を見せても、その仲居はほとんど目もくれず、知りませんと答えた。

 

 そこへ宿泊客らしい4人連れの男女がやってきた。

 すると仲居は途端に笑顔になって、いらっしゃいませ、ようこそ~と向こうへ行ってしまう。

 仕方がない。和泉は周に少し待っているように言い、フロント係の男性に声をかけた。

「藤江美咲……ああ、いますよ」

「その女性を訊ねてきた少年はいませんか? 髪を金色に染めた、15、6歳の男の子なんですが」

 フロント係はさぁ? と首を傾げた。

「ちょっと!!」さっきの仲居がフロント係の男性に厳しい口調で言った。「お客様のご到着です!!」

 それから次々と宿泊客が訪ねて来た。


 人の良さそうなフロント係の男性は、

「女将にお聞きになるといいかもしれません、今お呼びします」

 そして少し待った後、上品な和服姿の女性が玄関ロビーにやってきた。

「女将の寒河江里美でございます。どのようなご用件でしょうか?」

 まだ若い。恐らく30代前半ぐらいだろう。

 女将は警察の訪問に少なからず不安を覚えているようだ。

 

 たとえ身に覚えがなくても、警察が来るなどという状況は嬉しくないものだ。客商売をしていればなおのこと。

 和泉はさきほどの仲居とフロント係の男性にしたのと同じ質問をした。

 しかし女将は首を横に振った。

「藤江美咲は確かに、うちで働いておりますけど……」

「今、どこにいるんですか? 無事なんですか?!」

 突然割って入った周の顔を見た途端、女将は目を見開いた。

「あなたは……?」

「藤江美咲の義弟です」

「まぁ、あなたが……」女将は嬉しそうに微笑んだ。


 しかし周は切羽詰まった顔でたたみかける。

「変な男が義姉のこと、訊ねてきませんでした……もごっ」

 和泉は周の口を手で塞ぎ、ひょいと抱え上げた。

 

 おそらく何するんだ、とか離せ、とか叫んでいるのだろう。

 手足をジタバタさせる少年を担ぎ上げて、和泉は玄関ロビーを出る人気のない裏側に連れて行く。

 複数あるエアコンの室外機が唸っている、壁と塀の間の狭い場所。

 和泉は周の背中を塀に押し付けて、差し向かいに立ちはだかる。

「……何すんだよ!?」

 周は涙目で和泉を睨んできた。

「あのね、こっちは大事な仕事中なの。少し黙っててくれる?」

「そんなの知るか! 俺だって大事な用があって来てるんだよ!!」

 和泉の身体を押し戻そうとし、暴れる少年の足の間に膝を差し入れる。

「いいから黙ってろ」

 鳶色の瞳を真っ直ぐに見つめると、少し大人しくなった。

「僕の言うこときかないと、唇にキスするよ? 舌入れるからね」

「……」

 この男なら本当にやりかねないと思ったようだ。

 周は顔を青くして、こくこくと頷く。

「いい子だね……あ、美咲さんだ」

 言ってるそばから本人が、少し離れたところを歩いているのが見えた。

 彼女はこちらに気付いていないようだ。

 その上何かひどく急いでいるようで、早足にどこかへ行ってしまう。

「良かったね、無事みたいだ……安心した?」

 しかし周は首を横に振る。

「安心なんてできるもんか。ストーカーが逮捕でもされない限り」

 それはそうだね、と言って和泉は周と元の場所に戻ることにした。

 一緒に連れて来たのはもしかして失敗だっただろか。家に帰るよう説得するべきだったか……。


 その時だ。

 あの人造人間、駿河葵がものすごい勢いで『御柳亭』の表門をくぐって来る。

「あっ!!」

 いきなり隣で周が大声を出した。


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