人造人間の観察記録
三枝の活動時間は夕方以降だ。班長はそんなこともわからないで、この男と自分を組ませたのだろうか?
初め駿河はそう思ったのだが、意外にも相方は真面目に仕事をしていた。
何か裏があるに違いない。そしてふと気がつけば、仲間に対してでさえそんな穿った見方しかできないようになっている自分に驚く。
「ありがとうね、お姉さん。また必ず来るからね」
三枝は店番をしている若い女性限定で話を聞いていた。
男性もしくは中年女性にはまったく見向きもせず、だから整然とではなく、虫食い状態で聞き込みをしている。
元生活安全課の現刑事はただの女好きだ。
それは知っていたのだが、実際に現場を目撃すると苛立ってしまう。
しかし、彼の判断はある意味正しいと言えるだろう。
若い女性達はおそらくリゾートバイトか何かで内地から来た何も知らない他所者に違いない。この島の深い内情は何もしらないはずだ。
それとは対照的に、ある程度の年齢を重ねた島民達は皆知っているだろう。
『ミサキ』の名前と、それにまつわる様々な事情を。
かくいう駿河もかつてはこの島で駐在所勤務を経験した。
初任科を終えて間もない頃のことだ。制服を着て、島内を自転車で巡回し、そうして約2年の時をここで過ごした。
それにしても。
この春、人事異動で念願の県警捜査一課に入れたのは良かったが、同じ班の顔ぶれは正直言っていい噂を聞かない人間ばかりだった。
例えばこの三枝、県内すべての繁華街に顔がきいて、ホストやキャバ嬢の友人が多いという。しかも大の女好き。
その上、上司に対する言葉遣いがまるでなっていない。
自分よりも警官としては先輩だからタメ口はいいとしても、班長にさえあの口のききかただ。あの和泉でさえ、内容はともかくちゃんと敬語で話しているというのに。
初めの頃こそ班長も苦い顔をしていたが、最近はあきらめたのか普通に受け入れているようだ。
そして三枝と妙に仲のいい友永。
いつもスポーツ新聞を読んでいて、実はラジオで競馬の実況放送を聞いていることを駿河は知っている。
かつては少年課で不良少年達の補導に一生懸命だったと聞くが、今の態度を見ていると、ただの伝説なのではないかと思う。
それから日下部。柔道だけはやたらに強いらしいがそれだけだ。他に評価できるところがない。よく捜査一課に異動できたものだと思う。
和泉は唯一まともに近い刑事だと思う。
以前彼に関して、敵に回すとこれほど厄介な相手はいないという噂をきいたことがあるが。頭脳明晰で、冷静沈着。
仕事の上では見倣いたいと思う。
ただ、プライベートではあまり親しくなりたくはない。
基本的に何を考えているのかわからない人間だ。
最後に、班長である高岡警部。
最初に会った時に駿河が感じたのは不安だった。何しろ威圧感がまるでない。
警察は市民にとって畏怖の対象であれ、なめられたら終わりだ。そう教えられてきた彼は、今後自分の上司になるのがこんな人の良さそうな、気のいいおじさんでいいのだろうか? と、真剣に悩んだ。
しかし、このお人好しを絵に描いたような上司は思いの外、厳しい時は厳しかった。
時折見せる、射抜くような鋭い眼つきは刑事にふさわしい。
それでも真面目に一生懸命仕事に取り組んでいる部下には、惜しみなくねぎらいの言葉をかけてくれる。
細かいところまでよく観察されている。
時には人目に付かないような小さな努力でも。
この人は今までの上司達と違う。
何か困ったことがあったら相談してくれと言ったのは、社交辞令ではなく本気だと感じた。
ならばあの事を話してみようか……そう思いつつ、結局かなわないでいる。
初めの頃は、和泉が実の父親に対するように班長に甘えている様子が鬱陶しく、いい歳をした男が気持ち悪いとさえ思っていた。しかし今ならわかる気がする。
あの人は本気で、自分の部下達を家族のように大切に思っているのだ。




