人造人間の過去
仕事で宮島に来るのは初めてだ。
それこそ小学生の頃、遠足で訪れたことはあるが。
廿日市市内の所轄に勤務したこともなければ、捜査1課に異動してからこの地域で特に大きな事件が起きたこともない。
もちろん観光で行く訳ではないが、和泉はついフェリーに乗ったら甲板に出た。
今日は天気が良くて風が気持ちいい。
「お前、完全に観光気分だろう?」
「そういう聡さんこそ、外に出てくるとは思いませんでしたよ」
「……しばらく葵を一人にしてやった方がいいかと思ってな」
「そういえば、さっきのなんだったんですか? 葵ちゃん、ミサキって名前に異常反応してたでしょう」
聡介は海を眺めながらぽつり、と呟いた。
「ついさっき聞いた。行方不明になった葵の婚約者の名前が『美咲』っていうそうだ」
「へぇ、フィアンセ……え?」
さすがの和泉も冗談が出てこない。
それは二重の驚きでもあった。彼もちゃんと女性に興味があったのかということ、そして、そんな暗い過去があったなんて。
「……関係ないかもしれませんけど、確かお隣の奥さん……周君のお義姉さんて『美咲』さんでしたよね?」
聡介は悩ましい目で和泉を見つめてきた。
「俺も、それが気になっていたんだ……」
「まさか! 美咲さんなんてそうめずらしい名前じゃないし」
和泉はひらひらと顔の前で手を振った。
そうだな、と父も複雑な笑顔を浮かべる。そして二人で黙り込む。
宮島の玄関口、船着き場に到着した。まずはフェリー乗り場すぐ傍の交番に挨拶がてら情報を仕入れるために向かう。
聡介は駿河と三枝を組ませて、近隣の旅館や土産物屋、観光施設にショウと西崎の行方を聞きこむよう命じた。
少なくとも外面的には何事もなかったかのような顔をしている駿河だが、意識して良く見ると、少し落ち込んでいるように思えた。
「あ、どうも! 駐在の麻生です。御苦労様です!!」
もうすぐ定年を迎えるであろう白髪頭の駐在員は、聡介と和泉の2人を見るとはりきって敬礼をした。
「ショウを見かけたと情報があったのですね?」
「ええ、そうなんです。表参道の土産物屋の店員がですね……」
その時だった。
「お巡りさん!」若い女性が金切り声を上げて交番に入ってきた。「この人痴漢です、捕まえてください!!」
女性は誰か男の手を捕まえていた。
「違うって言ってるだろ?!」
あれ? めちゃくちゃ聞き覚えのある声じゃないか。
「お巡りさん、この女の方が犯罪者ですよ! スリの現行犯です!!」
和泉はゆっくり振り返る。
「……やっぱり……」
周だった。そういえば今日は土曜日だから学校は休みか。
この仕事をしていると曜日感覚が狂ってしまう。
「和泉さん?! 高岡さんも……!」
「この人、フェリーの中で私のお尻や胸に触ったんですよ?! そんなに混んでる訳でもないのに、やけに近寄ってくるからおかしいと思ったんです」
若い女性は周の手首を掴んで離さない。
しかし和泉は気付いていた。この女性は捜査3課と各所轄盗犯係で有名な女スリだ。
髪型やメイクで見た目は変えているが、顔を見た瞬間にピンときた。
「それはこっちの台詞だ! 人の財布を持っていこうとしたのはあんただろ?!」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて……」
聡介に負けず劣らず人の良さげな駐在員は、笑顔の中に困惑を滲ませて言った。
「で、どっちの言うことを信じるんですか?!」
はーい、と和泉は手を挙げた。
「とりあえずお姉さん、手を離してもらえる? この子、僕のものだから」
「……はい?」
和泉以外のその場にいた全員が声を揃える。
「お姉さん、嘘つくならもっとマシなのを考えた方がいいよ。っていうか、相手が悪かったよね、今回ばっかりは」
いったい何を言い出すのだ? 全員の顔にそう書いてある。
「この子ね、僕の大切なステディなんだ」
和泉は呆然としている周の身体をぎゅっと抱き寄せた。
「だからね、わかるでしょ? 彼は女性には興味がない訳。女性に触れたいとも、触れられたいとも思わないんだよね」
その場にいた全員が凍りついた。




