プロ意識
昼の時間になり、美咲は注文があった東原の部屋に料理を運んだ。
連れはまだ来ていないようだ。
彼は一人で佇んで庭を眺めている。
「お連れ様はまだ、お見えにならないようですね?」
膳を並べながら美咲は話しかけた。
部屋の隅に駒の並べられた将棋盤が置いてある。
「向こうもなかなか、仕事の忙しい男でね」
東原は座卓の前に座り、そうして窓から遠くを見つめた。
「……でも、必ずやってきますよ。そうしなければならない理由がある」
「では、お連れ様の分はいらしてからお出ししましょうか?」
「いいのですか? けど、それだと面倒でしょう」
かまいません、と美咲は答えて東原の分だけ食事を用意した。
彼は感心したように息をつく。確かに仕事は増える。けれど、冷めたおいしくない料理を出すのは忍びない。
料理を並べてから美咲は、ふと昨夜彼が使ったのであろう浴衣がまだ回収されないままテレビ台の下に放置されていることに気付いた。
「浴衣、新しいものをお持ちしますね」
そう言って浴衣を持ち上げた時、東原のカバンが姿をあらわした。小ぶりの旅行鞄は口が開いていて中が見えてしまう。
見ないように気を付けはするが、どうしても目に入ってしまうのは仕方がない。
そして彼女は見てはいけないものを見てしまった気がした。
鈍い光を放つ黒い物体。これは一体なんだろう?
「美咲さん? どうかしましたか」
「い、いえ。何でもありません。すみません」
お客様のことを詮索してはならない。それは絶対的な掟だ。
浴衣をたたんで、それではと部屋を出かけた時、男性客がドアの前に立っていた。
いらっしゃいませ、と声をかけたが反応がない。30代ぐらいの若い男性だ。もしかして東原の連れではないだろうか。
「おう、来たか……美咲さん、申し訳ない。料理を出してもらえるかな」
いつの間にか背後に立っていた東原が言った。
はい、と返事をして用意を始める。
連れの男性客はどういう訳か青い顔をして立ったままでいる。
「座れ、仲居さんの邪魔になるだろう」
東原は厳しい口調で言って男性客を睨んだ。
言われるままその男性は、向かいに腰を下ろして正座した。
「どうして……何のつもりなんですか……? に……」
「美咲さん」
名前を呼ばれて美咲は顔を上げる。
「食事が終わったら、フロントに連絡すればいいんでしたね?」
妙な空気だった。
友人同士というよりも、敵対関係にある二人が向かい合っているようだ。
将棋を指すと言っていたっけ。だからなのだろうか?
美咲は料理を並べ終え、使用済の浴衣を手に客室を出た。




