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シスコンは寂しがりなのです

 一人でいるのが案外寂しいものだと気付いたのは、美咲の帰宅予定がずれた時だ。

 カレンダーを見ていて周は気付いた。

 今日から連休だということに。

 おそらく義姉の働く旅館も予約でいっぱいだろう。

 

 今夜も帰れそうにないわ、と向こうから申し訳なさそうに電話をしてくる前に、こちらから連絡しておこう。こっちのことは気にするな。

 義姉の不在は猫も寂しいらしい。


 特に三毛猫は義姉のことが恋しいようだ。彼女がいつも座っている椅子の上から動こうとしない。

 寂しかったら和泉さんにでも泊まってもらえば、なんて言っていたが、隣の住人もこの頃まったく姿を見ない。

 ついこないだアウトレットモールで和泉に出会って以来、まったく連絡も取れていない。

 

 もしかして西崎隆弘は本当に、智哉が言ったように自殺に見せかけて殺されたのだろうか? だから警官である彼らは忙しいのだろうか。

 

 今日は土曜日だ。

 周は朝から掃除と洗濯を済ませ、スーパーに買い物へ出かけた。

 午前中は家事で終わったが、一応学生として午後は勉強しなければ。

 猫達に餌を与えて自分も昼食の準備をする。

 

 その時、玄関のドアが開く音がした。周と猫二匹は急いで玄関に向かう。

「……賢兄……」めずらしいことに兄の方だった。

「ただいま」

 彼は靴を脱ぐと、まっすぐにリビングへやってきた。

「あれ、周一人かい? 美咲はどうしたの」

「……仕事」

「そう。今の時期は忙しいんだね」

 賢司はソファに腰を下ろすと周に言った。

「コーヒー、淹れてもらえるかな」

「……義姉さんほど上手くはないけど。それでいいか?」

「誰が淹れたって同じだろう?」

 そんなことはない。同じコーヒーでも淹れ方でおいしいのとそうでないのが別れる。

 美咲は昔、おいしいコーヒーの淹れ方をわざわざ習ったと言っていた。

 

 賢司はテレビのスイッチを入れて新聞を広げ始めた。茶トラのメイは周の足元に擦り寄り、三毛猫はどこかへ行ってしまった。

「コーヒーだけでいいの? 食べるもの、なんでもあるけど」

 例によって冷蔵庫には山のように惣菜が詰まっている。

「お昼は済ませてきたから。ねぇ、それよりもさ……ちょっと見てくれないか」

 賢司に呼ばれて周はサイドテーブルの上に視線を落とした。

「こんなものが職場に届いたんだよ」

 それは、以前誰かが周に宛てて『お義姉さんは浮気しています』などという手紙とともに、写真を送ってきたあの男が映った写真だった。

 そしてやはり同じように新聞の切り抜きを使った文字で『奥さんには他に男がいます』と言ったような内容の手紙。

「……これ、似たようなのが俺のところにもきた」

「周のところにも?」

 賢司はめずらしく驚いた顔をした。

「おまけにこの写真の男、一度家に訪ねてきた……」

「……何だって……?」

「もっとも、間抜けな話だけど、間違えて隣の家のチャイム鳴らしてた」

 へぇ、と賢司は笑う。

 お湯の沸く音がしたので周は台所に戻った。

「君はどう思う?」

 唐突な兄の問いかけに、周はすぐに返事ができなかった。

「美咲が本当に、浮気してるのかな」

 まるで他人事のような言い方だ。今度は意識して黙っておく。

「……仮に本当だったとしたらどうするんだよ」湯気が立ち込め、兄の横顔が見えなくなる。

 彼はどんな表情をしているのだろう。


「賢兄がもっと義姉さんを大事にすれば、そんなことにはならないんじゃないのか?」

 周は苛立ちをできるだけ表に出さないよう気をつけて言った。

「それじゃあ、周は……正当な理由さえあれば、彼女が何をしても許されると考えてるのかな?」

「そんな訳ないだろ?! 俺が言ってるのはそういうことじゃない……!!」

 いつの間にか賢司が背後に立っていた。彼は大きな手で周の両肩をつかむと、

「僕は美咲を、大事にしていないのかな」

「……どの面さげて、義姉さんを大事にしてますって言えるんだよ?」

 周は振り返って怒鳴りつけた。

 しかしまるで効果がなかったようだ。

 

 賢司は相変わらず穏やかな表情を崩さないまま、

「少なくとも、生活に必要なものは全部揃えているじゃないか」

 住むところ、着る物、食べる物。それは確かにそうだ。

 けれど人間はそれだけじゃない。

 この兄は本気でそう言っているのだろうか?

「……もういい」何を言っても無駄だ。

 食器棚からカップを取り出し、コーヒーを注ぐ。

「メイ、おいで」

 周は盆に自分のぶんの昼食を一式のせて、猫を呼んで自分の部屋に引っ込むことにした。猫は素直についてくる。

「周」賢司に呼ばれて足を止める。

「実はね、少し気になることがあるんだ。今、宮島に不審者が出没するっていう知らせがあるらしいんだよ。美咲も仕事が終わるの遅いだろう? 今夜帰ってくるんだとしたら、少し心配だな」

 それを聞いて周はにわかに智哉の言葉を思い出した。

 浮気相手とされるこの男性は実は、ストーカーなのではないか。

「……俺、迎えに行って来る」

 もしかして兄に宛てた手紙もストーカーの仕業なのではないだろうか。

 周は急いで上着を羽織り、家を飛び出した。


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