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昔は、それなりにつっぱってました

 それから美咲は迷うことなく厨房へ向かう。

 余っている食べ物をまとめて寮に戻った。


 本当に空腹だったようだ。少年はまるで、拾ってきた捨て猫が餌にがっつくような勢いで美咲の持ってきた料理を平らげてしまった。

「で、名前と住所は?」食事が終わるのを待って孝太が質問を投げかける。

「……緒方翔おがたしょう……広島市西区……」少年は驚くほど素直に質問に答えた。

「なんであんなところにいたんだ?」

「人を……探してたんだよ」

「誰を?」

 翔はあきらめたように「ミサキっていうやつ」と答えた。

 まさか自分のことだろうか? 美咲はドキッとした。

「ミサキっていうのは男か女か?名字なんか名前なんか。どういう事情?」

「……知らねぇよ。とにかく、ミサキって奴を探せばなんとかしてくれるって、あいつが言ったんだ」

「なんとかしてくれる? なんのこっちゃ。あいつって言うのは誰だ」

 すると翔と名乗った少年は寒そうに肩を竦めた。

「俺、殺されるかもしれん……」

「なんだって?」

「だから逃げて来たんだ。宮島にいる『ミサキ』って人が助けてくれるだろうからって聞いてきて」

 この狭い島で『ミサキ』に該当する人物がそう大勢いるとは思えない。

 だけど誰がそんなことを言ったのだろう? 

 それに『あいつ』とは?


「いったい何をしたんだ? だいたい、殺されるってどういうことだ」

 すると少年は面倒くさそうに首を横に振った。

 孝太は呆れたように溜め息をつくと、

「とにかく親に連絡だな」と、部屋に備え付けてある固定電話の受話器を持ち上げた。

「ダメだ!!」少年はものすごい勢いで電話機のフックを押した。「あいつらはダメだ。俺のことなんか……」

 美咲と孝太は顔を見合わせた。

「とにかく、何があったのかをまず話してみぃ。まずはそれからじゃ」

 時折混じる孝太の広島弁が功を奏したのか、少年は少しずつ詳しいことを話し始めた。

 

 本当は一刻も早く駐在所に連絡をして、親に迎えに来てもらうようにするのが最善なのではないだろうか。

 美咲はそう思ったが、孝太がしばらく様子を見ようと言ったことに同調した。

 

 なお、翔が語った事情とはこうだ。

 自分は小学生の頃に親が離婚して、母親に引き取られた。

 けどつい最近になって母親が連れてきた新しい彼氏が母子を虐待する。

 とうとうある日、暴力から母親の身を守るためにその男に大怪我を負わせてしまった。ちなみに実はその男は元暴力団員で、警察に追われる身だった。だからおそらく病院には行かないだろう。

 ただし、回復したら確実に報復にやってくるに違いない。

 見つかると怖いから、しばらく匿って欲しい……。

 

 美咲もそうだが、孝太も翔に同情しているようだった。

 彼もまた、一般的な家庭とは言えない環境で育ったからだ。

 美咲の知る限りまともに学校へは行っていないはずだ。

 バイクの免許が取れる年齢になったと同時に暴走族に入り、一族の頂点にのし上がった。

 そんな彼がその世界から足を洗ったのは、直接的ではないにしろ友人を死なせる原因となった大きな事故を起こしたことがきっかけだった。

 その後孝太が『御柳亭』で板前として働くようになったのは、現在も広島県警の交通機動隊に勤める警官のおかげだ。彼の口ききで最初は試用期間ということで採用された。

 

 孝太は幼い頃から自炊をしていたので料理の腕はあった。

 その腕を買ってくれた板長が彼にメニューの一部を任せたところ、大好評でリピーターがついた。それが大きな理由で本採用となり、現在に至る。

 

 孝太は自分の知らないこの社会の裏側も知っている。

 このままこの少年を親元に帰してしまったら、もしかしたら本当に命の危険があるかもしれない。彼がそう言うのなら間違いないだろう。美咲はそう判断した。

 従業員専用寮に住んでいる孝太は自分の部屋で翔を匿うと言った。


 そういうことなら、と美咲も手伝いを申し出た。

 ただ、本当にそれで良かったのかしらと、胸の内に一抹の疑問も抱えていながらだが。


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