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夫婦のこと

 実際、今は亡き美咲の父親は怠惰の見本のような人間だった。

 この旅館『御柳亭』の経営者の次男であるというだけで一応専務の肩書はもらっていたが、実質的には何もしていなかった。


 やがて父は東京に出ると言い出して、美咲が5歳の時にこの旅館を辞めた。

 東京に出たのは良かった。

 初めは真面目に働いていたし、母もパートタイムの仕事で家計を支えて、それなりに平和だった。


 ところが怠惰な性質は環境が変わっても治る訳ではない。

 体調が悪い、上司が気に入らない、面倒くさい……。

 父はその内、仕事に行かなくなった。やがて母の方が仕事の時間を増やして家計を賄うことになった。

 

 唯一救いだったのは、父親が借金をしたがらないことだけだ。

 母のおかげで日々の食物に事欠くようなことはなかったものの、毎日のように家でゴロゴロと暮らしている父親の後ろ姿を見るのはもちろん、美咲にとって快いものでもなかった。

 

 それでも母は決して父に文句を言ったりしなかった。幼い美咲にはそれが不思議でならなかった。

 どうしてお母さんは何も言わないのだろう?

 

 そして大きな問題が起きたのは、美咲が小学校に上がったばかりの頃だ。

 怠惰な父親も決して外に出ること自体が嫌いな訳ではなかった。

 母が仕事から帰ってくるのと入れ替わるように出かけて行く。顔を合わせるのが辛かったのだろう。 

 母が何も言わないから余計に。


 そうしている父は外に愛人を作った。それでも父は母と別れようとしなかった。

 妻は財布であり、ATM。大好きな彼女に会いに行くための軍資金を用意してくれる大切な金づる。 

 新しい彼女は飲み屋のホステスだったから。

 

 やがて両親に別れ話が持ち上がった。美咲は全面的に母の味方だったから、むしろどうしてもっと早くそうしなかったのかと幼心に思ったほどだ。

 しかしその話は思うようにまとまらなかった。

 父親の方が別れることにとにかく消極的だったからだ。

 

 裁判にかければ確実に母親の方が有利だ。美咲の養育費も払わなければならない。

 そうなると大嫌いな『働く』こともしなくてはならなくなる。

 世の中には平気で離婚後の養育費を滞納している男性がいるのに、あの父は妙なところで生真面目だった。

 不適切な関係、不自然な家族生活はその後もしばらく続いた。

 

 しかし、ついに事件は起きた。

 いつまでたっても妻と別れず、自分と結婚してくれない美咲の父に怒りを燃やした愛人が、父を刺し殺した。そして自らも命を絶った。

 事件は大々的に報道され、マスコミが大勢家に押しかけてきた。ついには母の職場にまで。やむなく母は職場を変えざるを得なくなる。


「……さん、美咲さん?!」

 気がついたらずっと考え事をしていたようだ。 

 東原に声をかけられて、美咲ははっと我に帰る。恥ずかしくて頬が熱い。

「申し訳ありません!」急いで頭を下げる。

「いいんですよ。変な話を持ちかけたのはこっちなんだから……」

 気がつくとビール瓶が二本とも空いていた。


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