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兵庫県警(笑)

 西崎美貴子には一度だけ会ったことがある。それこそ結婚式の時だ。

 人目を引く美人という訳ではないが、大人しくて控えめな、刑事の妻として申し分のない女性に見えた。多忙な夫を影でしっかりと支えてくれそうな。


 そして今、目の前にはすっかりやつれ果てた美貴子が不安げに目を揺らしながら、聡介と駿河を等分に見つめている。

 しかし気のせいだろうか、彼女は若い頃よりも美しくなったように見えた。

 成熟したというのか妙な色気があった。


 許されている面会時間は10分。

「お久しぶりです」聡介が声をかけると僅かな微笑みが返ってきた。この際「お元気でしたか?」と聞くのは間抜けだろう。

「この度は、何と言っていいのか……」

 美貴子は微かに首を横に振る。そして、

「主人が……」と掠れた声で話し始めた。「皆さんにご迷惑をかけているようで、本当に申し訳ありません」

「奥さん、そんなことは……」

「西崎さんの行き先に心当たりはありますか?」

 ストレートに事務的に駿河が口を挟んだ。

「例えば息子さんとの思い出の場所だとか、奥さんと初めて行った場所だとか」

「……あの人は……」

 西崎美貴子は遠い目をして答える。

「仕事の忙しい人でしたから、家族とどこかに出掛けたなんていう思い出は……」

 それを言われると胸が痛む。

「しかし、息子さんを連れてどこかへ行ったことはありますよね? その時に撮ったと思われる写真をいつもデスクに飾っていたことを覚えています」

 そうだったのか? と聡介は驚いた。

 先日西崎のデスクを見た際に、そんなものはなかったはずだ。

 もしかして西崎本人が持ち出したのだろうか。

 

 美貴子は再び首を横に振り「覚えていません……」と答えた。

 彼女は嘘をついている。聡介は直感的にそう思った。

「質問を変えます。奥さんは百人一首をご趣味にしておられますか?」

 ええ、と返事がある。

「学生時代に競技かるたをしていました」

「では、この歌のことはご存知ですね?」

 駿河は携帯にメモしてあった歌を読み上げる。それは西崎がデスクの上に保管しておいたものだ。すると。元々血の気のない美貴子の顔色が、さらに蒼白になる。額に汗が浮かび、身体が震えだす。

「……奥さん?!」

 その時、病室のドアが開いて、入ってきたのは市ノ瀬だった。手に紙袋を提げている。

 どうしてここに? お互いにそう思ったに違いない。

 いきなり西崎美貴子が悲鳴を上げた。驚いて、廊下を歩いていたナースが飛んでくる。

「出て行ってください、早く!!」

 男三人は病室から追い出され、代わりに医師が入ってきた。

「……課長から頼まれて来たんですよ。もしかしたら、西崎さんがここに来るかもしれないし、奥さんも1人で何かと不自由だろうからって」


 こちらが何か問う前に市ノ瀬が言いだした。

「市ノ瀬さんもご存知ですよね? 西崎さんのデスクの上にいつも、息子さんとどこかへ出かけた時に撮った写真を飾っていたことを」駿河が問うと、

「あぁ、それがどうかしたのか?」

「どこで撮影したかご存知ですか?」

「……それを聞いてどうするんだ」

「西崎さんのあらわれそうな場所を探しています」

 市ノ瀬は少し考えてから、答えた。

「……神戸の、六甲山だ……確か」

 兵庫県警に連絡しなければならない。

 神戸はそう遠くもないが近くもない、微妙な距離だ。

 広島から神戸に行くなら車か電車だろう。目撃証言が出ればいいが。


 その時、聡介の携帯電話が震えだした。病棟から外に出る。

「はい、高岡……何だって? 本当なのか、それは!!」

 和泉からの連絡は驚きと共に、憤慨すべき内容だった。

 西崎隆弘とつるんでいた不良少年グループのリーダー格である『ショウ』が釈放されたというのだ。

「……そうか、わかった……」

 もちろん監視はつけただろう。

 むしろその方が良かったかもしれない。

 

 適当に泳がせておいたら、西崎が接触してくるかもしれない。

「どうしました? 班長」

 聡介は『ショウ』が釈放されたことを駿河に伝えた。

「おおかた、腕の良い弁護士でもやってきたのでしょう」彼は言った。

「……弁護士なんか雇える身分なのか?」

「親がそうなのだと思います」

 なるほど。まだ聡介は『ショウ』の詳しい個人情報を知らない。

 裕福な家庭に産まれても、決して幸福ではないということだろうか。

 

 ふと聡介は駿河が上の方を、西崎美貴子の病室を眺めているのに気付く。

「……どうした?」

「いえ、なんでもありません」

 この若い刑事は思いつきや適当なことは口にしない。

「六甲山か……」

 観光名所だと人が多い。自殺するつもりだとしたらそんな場所を選ぶだろうか?

 

 それに、本当に六甲山だろうか?

 仲間を疑いたくはないが、信用するには少し材料が足りない気がする。


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