生い立ちについて
食事といっても、義姉が作ってくれたものを温めるだけなのだが。そして彼は冷蔵庫を開けてびっくりした。
これでもか、というほど多種多量の料理が所狭しと並んでいる。
几帳面な義姉のすることだから、テトリスのように整然と、隙間なくタッパーが陳列されていた。
「俺がどんだけ食うと思ってんだよ……」思わず周は独り言を呟いた。
食べきれなくて腐るじゃねぇか、とぶつぶつ言いながら、何種類かを皿に出してレンジに入れる。ご飯はついさっき炊けたばかりだ。
それから1人で食事を始める。
なんとなく寂しくてテレビをつけた。
今まで、1人で食事をしたことはほとんどなかった。
父が生きている頃は、よほど仕事で遅くならない限り、絶対に二人で一緒に食べた。
それは周が反抗期と呼ばれる時期も、思春期と呼ばれる時期にも決して絶えることがなかった。
彼は自分の父親を心から敬愛していた。
父もまた彼を心底、深く愛してくれた。
周が中学2年生の頃、父親が事故で命を落とすまで、朝と晩はいつも二人で一緒に食卓を囲んだ。
会話も笑顔も、絶えることはなかった。
溜め息が出てしまう。
テレビ画面の中ではクイズ番組をやっていた。
芸能人の珍回答に笑っていると、携帯電話が鳴りだした。
義姉からだ。
「……もしもし?」
『周君、ちゃんとご飯食べてる?』
後ろがざわついている。彼女は仕事の合間を縫って電話をしてきたようだ。
「仕事、忙しいんだろ? 電話してる暇なんてあるのか?」
嬉しいのを隠そうと、つい口調がぶっきらぼうになってしまう。
『うん、だからあまり長く話せないの』
「今食ってるとこだから、心配すんなよ。それより……」
サキちゃん、と誰かが義姉を呼んだ声が聞こえた。
『明日も団体さんのお客様が入ってるから帰れないの。ごめんね』
「……別に」
じゃあね、と慌ただしく電話は切れてしまった。切れたことがわかっていてもつい液晶画面を見つめてしまう。
周の義姉である藤江美咲の実家は、宮島で温泉旅館を営んでいる。
地元では名の知られた老舗旅館だ。
義姉も嫁いで来る前はその旅館で仲居をしていた。
結婚を機に仕事は辞めたが、観光シーズンには団体客、個人客問わず予約が多く、時折手伝いを頼まれて出かけて行く。
今までも何度かそんなことがあった。
留守にする時、彼女は必ず食べきれないほど多くのおかずを作っておく。
周だって料理ができない訳ではない。
料理も洗濯も掃除も、家事全般は大抵のことはこなせる。それは彼の特殊な生い立ちによるものだ。
彼は自分を産んだ母親を知らない。
知っているのは、父の愛人だったということだけ。
父は母を愛人の立場のままにするのではなく、ちゃんと正妻と離婚し、再婚して妻として正式に迎えるつもりだったらしい。
それがかなわなかったのは、母が周の命と引き換えに自分の命を落としたからだ。
祖父の猛反対を押し切って、父は周を嫡子として籍にいれてくれた。
それでも、産まれてから小学校に上がるまでの間は、事情があって父と一緒に暮らすことはできなかった。
その頃一緒に暮らしていたのは叔母、母親の妹だった。
働きながら面倒を見てくれる叔母の負担を少しでも減らそうと、周は幼い頃から家事を覚えた。
料理は好きだ。
が、義姉が作ってくれるものはもっと好きだ。
1人きりのわびしい夕食を終え、食器を片づけて自分の部屋に戻る。
電気を付けると今日拾ってきた子猫がベッドの上で丸まっていた。
そっと頭を撫でると目を空けてから欠伸をする。
勉強しよう。周が机に向かうと、子猫がベッドから降りて来て、足元にまとわりついてきた。
抱き上げて膝の上に乗せると再び目を閉じる。
どうやったらメイと仲良くなれるかな……。