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スプリングセール

 平日の昼間だというのに、案外人が多い。

 時折聞こえてくる会話がどうやら日本語ではないようだ。そういえば広島は外国人観光客がたくさんやってくる。


 智哉に連れられて初めて、新しく五日市港にできたショッピングモールに足を踏み入れた周は、思わずキョロキョロしてしまった。

 二人とも興味のある店はまるで重なっていないため、時間と待ち合わせ場所を決めてそれぞれ自由に動き回ることにした。1人になった周はまずペット用品を扱う店に向かう。

 猫達のために寝床を用意してやろうかとベッドを見てみる。そういえば爪とぎも買わなければならない。


 動物を飼うのには案外お金がかかる。

 しかしこんなことを言うと同級生達から恨まれそうだが、父が亡くなって兄の賢司が藤江家の当主となってからは、小遣いに不自由したことがない。

 元々藤江家は資産家だったというのもあるが、父の悠司は周が何か家の手伝いをしたとか、そういった『仕事』の報酬としてお小遣いをくれた。

 兄の賢司は家督を継いだ後、周にクレジットカードを一枚だけ渡し、これで好きなものを買えばいいと言った。

 そのカードは賢司名義の口座から引き落とされるようだと、最近になって周は知った。


 あの人は家庭にもお金にもまるで興味がない。仕事がすべてなのだ。

 猫のためのグッズを買い込むとけっこうな荷物量になった。

 電車で来ているので帰りが面倒だな……と思い、取り敢えずコインロッカーを探すことにした。

 案内図を片手にコインロッカーへ向かう。やっと見つけて荷物を預け、再び歩き出す。

 

 ふと通りかかった紳士服の店で立ち止まる。ポスターに映っているモデルの男性がどことなく和泉に似ている気がした。

 そういえば和泉は何の仕事をしているのだろう。

 変わった人だと思う。

 適当でいい加減かと思えば、ちゃんと優しく面倒見てくれる。ただ単に隣に住んでいるだけの他人なのに。

 

 背も高いし綺麗な顔をしているし、独身だとしてもきっと特定の女性はいるだろう。休みの日にはその彼女とこんなところへ買い物に来たりするのだろうか?

 その時、周の携帯電話が震え出した。

『あ、周君? 和泉だよー』つい今しがた考えていた相手の声が聞こえて驚く。

「……はい」

『もしかして、今五日市港に来てたりしてる? 当たってたらその場で逆立ちしてみて』

「当たっててもしません、そんなこと」

『じゃあ、可愛く手を振ってみて』

「……何なんですか?」

『周君、今日は学校じゃないの?』

 いちいちまともに返答するのが面倒になってきた。

 

 切ろうかと思っていた時、急に後ろから誰かが近付いてきて、目の前が暗くなった。大きな両手で目隠しをされる。

「だーれだっ?」この脳天気な声は……。

「……和泉さん……?」

「当たり! 学校サボったの?」

「サボってません。なんでこんなところにいるんですか?」

「僕は仕事だよ。それよりさ、周君。この子達見なかった?」

 和泉は自分のスマートフォンから何枚かの似顔絵を見せてきた。

 どの顔も知らないし、仮にすれ違っていたとしても気付かなかっただろう。

「俺は知りませんけど、友達なら見たかも……」

「悪いけどその子を呼んでくれる?」

 なんなんだ……しかし、なんとなく逆らえる雰囲気でもない。周は言われるままに智哉を呼び出した。

 彼は近くにいたようで、すぐに来てくれた。

「周? どうしたの」

「それが……」

「この子達、見かけなかったかな?」

 自己紹介もなくいきなり、和泉は智哉に似顔絵を見せた。すると。

「……ここでは見ていませんけど……何度か見たことある顔です」

「どこで?」

「紙屋町です。僕が通っている塾の近くで」

「何て言う塾か、教えてもらえるかな?」

 智哉は塾の名前を答えた。和泉は礼を言うと、さっさとどこかへ行ってしまう。

「なんなんだよ、あれ」まったく訳がわからない。

 なぁ? と周は智哉に話しかけたが、友人は深刻そうな顔をして考え込んでいる。

「智哉?」

「あ、ごめん。何?」

「いや、別に何って訳でもないけど……どうかしたのか? 難しい顔して」

「今の、警察の人だよね?」

「えっ?!」

 そうか、和泉は警察官だったのか。

「きっと西崎君に関係した事だよね」

「けど、西崎は自殺だって……」

 智哉はさっと辺りを見回し、ひそひそ声で言った。

「自殺に見せかけて殺されたのかもしれない」

 まさか、と周はわざと大げさにおどけた顔をしてみせた。


「そんなの、推理小説かドラマの中の話だろ? 現実にあるわけ……」

「現実は小説よりももっと奇妙なことが起きるんだよ」

 ふと周は今、自分達がこの場にもっともふさわしくない、そして学生にあるまじき会話をしているのだと気付く。が、気になってやめられない。

「仮にそうだったとして、なんで殺されなきゃならないんだよ?」

「それは警察の仕事だよ」

 確かにそうなのだが、なんとなく目の前でシャッターを閉められた気分だ。

「ところで周、さっきの警官と知り合いなの?」

 何故か智哉は和泉が歩いて言った方向を睨みながら言った。

「え? あ、まぁ……」

「あんまり深入りしない方がいいよ。広島県警の警官って良い噂を聞かないから」

「和泉さんは確かに変人だけど、いい人だぞ?」

 和泉のことを悪く言われた気がして周はムッとした。確かに警察に対してアレルギー反応を示す人間もいる。

「それよりさ、周。お腹空かない? 何か食べようよ」

 にこっと可愛らしい笑顔でそう言われたら頷くしかない。実際、空腹でもあった。


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