利用価値
あの頃、聡介は果たしてどんな気持ちだったのだろう?
和泉は昔、別に知りたくもないのに彼の妻だった女性が起こしたという事件の詳細を聞かされた時のことを思い出していた。
尾道東署刑事課にいた聡介の同僚で、同期だったという警務課の男性が前例のない不祥事を起こした。元々金と女にだらしない男だったようで、数々の問題を起こしては、当時警察庁のトップにいた父親に泣きついて揉み消してもらっていたそうだ。
その男は聡介の元妻だった高岡奈津子という女性とかつて男女の関係にあったらしい。
彼女が聡介の子供を妊娠したことをきっかけに、二人が結婚してからはずっとつながりは絶たれていたそうだが、ある時。
美人局にハマってしまったその警官は、ずっと暴力団関係者に脅迫され続けていた。
ついに父親の助けも求めることができなくなってしまった時、彼は昔の恋人である奈津子に助けを求めたのだ。
彼女の父親も県警本部長を務めており、社会的地位もあれば資産もあった。
父親に頼んで金の都合をつけた奈津子はその男と海外に逃亡することを企てた。
しかし空港に向かう途中、事故を起こした。男は即死。奈津子は奇跡的に軽傷で済んだが、その事故の直後に失踪した。未だ見つかっていない。
直接的に犯罪に加担したとは言えないまでも、大問題を起こしたことは間違いない。
事故とはいえ人を死なせてしまったことも。
監督不行き届きということで聡介が一時期、山奥の鄙びた交番勤務を命じられたことも聞いた。
家族に足を引っ張られるのは御免だ。
逆に自分にメリットをもたらしてくれる相手なら誰でもいい。
そんな訳で、当時の県警本部長の娘に気に入られたのは和泉にとって願ってもないチャンスだった。
ただ、結局見限られて今に至る訳なのだが。
西崎充という刑事がどういう人間なのかを和泉は知らない。
聡介は自殺説、復讐説のどちらもありうると考えているようだ。しかし自分としては正直どちらでもいい。
とっとと仕事を終わらせる。考えることはそれだけでいい。
「……あんた、意外と考えてることが顔に出るタイプだな」
とにかく西崎隆弘と付き合いのあった少年を探し出すよう命じられている和泉は、友永と彼らが出没しそうな場所に行くことにした。
取り敢えず駐車場に向かって車に乗り込む。
「じゃあ今、僕が何を考えていたか当ててみてくださいよ」
「大好きなパパはどうして、こんなオッサンと自分を組ませたんだろう? とっとと仕事を終わらせて帰りたいってか」
「……半分当たりです。そんなことより、早く帰りたいのはお互い様でしょう? だったらとっとと……」
「焦るなって。クソガキを探し出すのは俺の十八番だ」
「そういえば友永さんって元々少年課にいたんでしたよね。じゃあ、最初はどこに向かいます?」
「五日市港だな」
「五日市港? あんなところに何があるんですか。まさか、コンクリ詰めの名所とか言うんじゃないでしょうね」
すると友永は目を丸くして、まじまじと和泉の顔を見つめてくる。
「……あんた、世間知らずなんだな。仕事以外に興味がないんだろ? 父親そっくりだ」
父親そっくりは和泉にとって褒め言葉に他ならない。
思わず頬が緩む。
「お前さん、アウトレットモールって知ってるか?」
「……それぐらいわかりますよ、さすがに」
「五日市港に最近アウトレットモールができたのさ。今のクソガキどもは金に不自由してないからな、新しい目玉スポットに群がるんだよ」
五日市港といえば昔は倉庫や工場などが立ち並ぶばかりで、特に若い人間が足を運ぶような場所ではなかった。いつの間にか時代は変わったようだ。
車を走らせること約30分。目指すアウトレットモールに到着する。
「……まさかとは思いますけど、友永さんが行ってみたかったからなんていう理由じゃありませんよね?」
和泉は思わず本意でない相棒を見つめて言った。
「バカ言え。俺にだって職業倫理ぐらいはある。見ろ、平日のこんな時間だっていうのに若いのがウロウロしてるじゃねぇか」
確かに。時計を見るとちょうど昼過ぎだ。
平日の昼間にこんなところに来ている学生がいるとすればだいたいサボりだろう。
和泉はスマートフォンを取り出し、各署に配布された似顔絵の写真を確認する。友永がさっさと歩きだす。
「友永さん、顔を覚えてます?」
「誰のだ?」足を止めずに、振り返りもせず問い返す。
「だから、恐らく西崎さんが探している、ホームレスを襲撃した少年グループですよ」
「俺は一度見た顔は忘れない。特にクソガキの顔はな」
どんな人間にも得意なことはあるものだ。和泉は友永とは反対方向に歩き出した。




