捜索開始:1
「ねぇ、周。こないだ五日市港にできた新しいショッピングモールに行ってみようよ」
急に弾んだ声を出して智哉が言う。
広島湾に面した広大な埋立地に最近オープンした大型のアウトレットモールである。
周の中ではそういう場所は若い女性が行くところだという印象があったので少し躊躇した。
しかし、誘われると行ってみたくなる。
「俺はいいけどさ、お前、服どうすんだよ。制服のままじゃ補導されるんじゃないか?」
今日は平日である。制服を着た男子高校生がウロウロしていたら怪しまれるだろう。
「あ、そうか……」
「俺の服じゃ智哉には合わないよな。あ。そうだ……ちょっと待って」
中学生の頃、兄の賢司からおさがりを何着かもらったことがある。
成長期のその頃はすぐにサイズが合わなくなって、それでも割と高価な服だったので捨てられずに取って置いてある。 周は自分の部屋の押し入れの奥を探った。
「これさ、兄貴のお下がりなんだけど……」
「賢司さんの?」
「気に入ったらやるよ。着てみな」
兄のおさがりは智哉の体型にぴったりだった。
「ありがとう、大事にするね」
そう言ってはにかんだ顔が本当に愛らしくて、その気はない周でさえドキっとしてしまうほどだった。
聡介は駿河に運転させて、まず西崎が勤務していた廿日市南署に向かうことにした。
世界遺産に登録された宮島を擁するため、年中犯罪が多発する土地柄である。
観光客を狙ったスリや置き引き、最近では外国人観光客も増えて、英語の話せる交番勤務の警官もいるほどだ。西崎はきっと毎日多忙だったに違いない。
西崎充の捜索は二手に分けることにした。
一つは息子の共犯である少年グループを探すことに重点を置く。
こちらは安芸中央署の刑事達と協力して……くれるかどうか少し心配ではあるが、和泉を中心に人数を多めに割いた。
聡介と駿河は共に西崎を知っている人間として、万が一自殺を考えていた場合に彼が向かいそうな場所を探すことにする。
廿日市南署に行ってみようという提案は駿河が言ったことだった。
無闇に動き回るよりも、西崎のデスクから何かヒントになるような手掛かりが得られるかもしれない。
「班長、少しお話してもよろしいでしょうか」
信号待ちをしている時、急に駿河が口を開いた。めずらしいこともあるものだ。
「なんだ?」思わず聡介は身体を運転席の方に向けた。
「捜査に予断は禁物だと分かっています。それでも、気になることがあります」
こんな回りくどい言い方も普段はしないはずだ。
「……何が言いたいんだ?」
「自分が1課に異動する少し前です。西崎さんの様子がおかしかったことがありました」
「様子がおかしい? どんなふうに」
「何か思い詰めたような顔をして、時折ですが文字通り頭を抱えていました。もしや、脳にでも何か重大な疾患があるのでは、と心配したほどです」
初耳だった。
もっとも同期とは言ってもお互いに仕事が忙しく、連絡を取るのもごく稀だし、同じ署で勤務したこともない。無駄だとわかっていて敢えて訊ねる。
「何か具体的な原因は訊いたか?」
「教えてもらえませんでした」やっぱりか。
「つまりお前は、西崎が自殺する可能性の方が高いと考えているんだな?」
「……あくまで個人的な意見ですが。息子さんの事件はきっかけに過ぎなかったのかもしれないと、自分は思います」
ふと聡介は『思い詰めた顔』で思い出したことがあった。
今は西崎を探すことに集中しなければならないのに。
つい先日和泉が言った『今日、葵ちゃん様子がおかしかったですよね』という台詞だ。
そうなのだろうか? 聡介は気取られないように駿河の横顔を窺った。
まったくわからない。
いつもと同じようにしか見えないのだが。
もしかして和泉が適当なことを言っただけなのだろうか。
充分ありうる。あの男の口から出る言葉は約半分が本気ではない。
「……何か?」
気付かれずには済まなかったようだ。視線は前を向いているが、駿河は聡介に見られていることを意識したようだった。
「ああ、すまん。彰彦……和泉がな、お前のことを気にしていたから。なんとなく元気がないみたいだって。それこそどこか具合悪いんじゃないのか?」
「自分は何の問題もありません」やっぱりか。「それに、今は西崎さんのことが最優先事項です」




