意外とクールなものです:2
仕事なのは間違いないだろうが、そういえば隣室の父子が何の仕事をしているのか未だにはっきりとは知らない。
時々、平日の妙な時間に見かけることもあるし、土日だからって必ずしもいるとは限らない。
「おいしそうだね、これ、お義姉さんの手作り?」
「そう。味は保証する」
チーズケーキを一口食べたところで、周の携帯電話が鳴りだした。
美咲からだ。
再び自分の部屋に戻り、通話ボタンを押す。
『周君……?』おそるおそる、と言った口調で彼女は話し始めた。
「今、仕事中?」
『ええ……何かあったの?』
「別に。無事ならいい」
捨て台詞のように言って電話を切った。
リビングに戻ると智哉が楽しそうに、
「お義姉さん、無事だった?」
まぁな、とぶっきらぼうに答えて周は残りのケーキを口に運ぶ。
無事で良かった。
「話は変わるんだけどさ、西崎君……いったい何があったんだろうね」
気になることが多すぎて忘れかけていたが、今日学校が全面休校となり、こんな時間に家に戻ったのはそのせいだった。友人の言葉にはっと思い出す。
「智哉、あいつと親しかった?」
「中学一、二年の頃同じクラスになったことあったよ。実を言うと塾でずっと一緒だったんだ。学校じゃそんなに目立たなかったけど、塾では……少人数制で、いつも皆を笑わせてくれるタイプだったよ。お父さんのことが大好きで、いつもお父さんの自慢話ばかりしてた。警察官らしいよ。県警の刑事だって言ってた」
「へぇ……」知らなかった。父親が大好きだと言う点では深く共感できる。
けれど。
「俺、あいつとそんなに話したことないし、どういう奴かは知らないんだけど、一度だけ……妙なこと言われたことある」
「妙なこと?」
「『お前もいろいろ大変だな』ってさ。何のことだろうな?」
ケーキが食べたいと膝の上に乗って来る猫を軽くあしらいながら、周は紅茶を飲んだ。
「たぶん、だけど……周の家のこと聞いてたんじゃないかな」
「誰から?」思わず周は気色ばんだ。
「そういうのって、誰からともなく広がるものだよ。かくいう西崎君だって……」
「あいつがどうかしたのか?」
「詳しいことは知らないけど、ごく普通だと思っていた家庭が実はそうでもなかったっていうことを知ってしまった、みたいな」
智哉の話は抽象的でよく分からない。
が、なんとなくだが、あまり他人には言えない秘密があったのだろう。
特別知りたくもないが。
周が校長から聞いたのは、かつて同級生だった西崎隆弘という男子生徒が自ら命を絶って亡くなったということ、ただそれだけだ。
どうして、どうやって、どんな気持ちでそうしたのかは知らない。
知らなくていいとも思う。




