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意外とクールなものです

 西崎隆弘のことを周はそれほど知っていた訳ではない。

 去年、一年生の時に同じクラスになったことがある。だけど親しくはなかった。

 お互いに特に意識したことはない。

 

 しかしある日、それこそ兄が義姉と結婚したばかりの頃だろうか。急に西崎の方から周に話しかけてきた。

『お前もいろいろ大変だな』

 何のことだかさっぱりわからなかった。

 確かに周の家庭の事情は他所とは少し異なっており、特殊だとは言える。しかしそのことをクラスの誰かに話したことはない。

 それに、周本人は少しも大変だと思ったことはない。

 

 だから妙に気になった。何故、彼がそんなことを言うのか。

『どういう意味だよ?』

 少なからず警戒心を伴って周は西崎に訊ねた。

 しかし彼は、意味ありげな笑いを浮かべただけで答えなかった。

 それ以上追及するつもりもなかったのでその話はそれきりだったが。

 

 ただし、時折だが、2年生になってクラスが別れてからも、たまに廊下や学校の門のところで西崎と顔を合わせることはあった。

 その度、彼は何か言いたげな、何か含んだような表情で周を見つめてくるのだった。それでも結局無言のまま通り過ぎてしまう。

 いつかは問い詰めてみようと思っていた。

 

 それがこんなことになるなんて。

 今日は一切の授業を中止し、自宅で自習するように。

 そう言われたらしいと周が気付いたのは、解散の号令がかかってだいぶ時間が経過してからだった。

「周、どうする?」智哉が心配そうな顔で覗き込んでくる。

「俺は全然かまわないよ、来てくれた方が嬉しい」周は答えた。

 別に西崎と親しかった訳でもないし。なんてことは言えない。

 そうだよね、と智哉は言った。

 

 午前中の早い時間から家に帰るのは終業式の日ぐらいだ。

 まだ夏休みまでにはもう少し日数があるのに、なんだか妙な気分だ。

 智哉を連れてマンションに帰り、隣室の前を通りかかった時、ちょうど内側からドアが開いた。和泉が大きなカバンを持って出てくるところだ。旅行にでも出るのだろうか?

「あれ、周君? こんな時間にどうしたの」

「……いろいろあって」

「まさか、お友達を誘ってサボりじゃないよね?」

 違いますよ、とやり過ごそうとしたが、

「ちょうど良かった。周君、ちょっと」和泉が手招きする。

 周は自分の家の鍵を開けて智哉に入るよう言っておいてから、隣に戻る。

「何ですか?」

「周君の電話番号とメアド教えて。嫌なら無理にとは言わないよ」

 別に嫌じゃない。周は素直に連絡先を和泉と交換した。

「ありがと、じゃあ行ってきます」

 仕事に行くのだろうけど、なんとなくしばらく会えないんじゃないかと思った。

 そして勝手に手が動いて、周は思わず和泉の背広の裾を掴んでいた。

 驚いて振り返られる。

「あ……」


 なんでこんなことをしたのだろう?

 まったく説明できない。それでも手を離すのは躊躇われた。

 するとみるみる内に、和泉の顔中に嫌な笑顔が広がる。

「なんだい? 周君。僕に、行かないでって言いたいの?」

「そんな訳ないでしょう!?」わざと大げさに手を振りほどく。

「いいんだよ、寂しいから傍にいて欲しいって言ってくれても。ただ、ね……どうしても行かないといけないんだ」

「どうぞ行ってらっしゃい」

「なるべく早めに切り上げて帰るように頑張るから」

「ごゆっくり!」

 周は踵を返して玄関のドアを開けた。


 靴を脱いでリビングに入ると、智哉は猫達を見て微笑んでいた。

「周、どうしたの? 顔が赤いけど」

 なんでもない! と周は台所に向かった。


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