下手すれば犯罪
コンコン、と窓ガラスをノックする音。
いきなりメイの興奮が収まり、彼女はニャ~んと甘えた声を出して何故かベランダの方へ走り寄って行く。
なんだ? と、思ってカーテンを開けた周は驚きで腰を抜かしそうになってしまった。
「い、和泉さん?!」
窓の外に和泉がいた。
急いで窓を開ける。もう雨はやんでいた。
「何やってるんですか?!!」
「だって、本当にベランダに放り出されたんだよ。ひどいと思わない? こっちなら中に入れてもらえるかと思って」
「ど、どうやってこっちに来たんですか?! ここ、5階ですよ!!」
防火扉を蹴破ったのだろうか? いや、そんな大きな音はしなかった。
「そんなのたいしたことじゃないよ。僕、HRTにいたことあるから」
和泉は笑ってそう答えた。
「HR……?」
なんだ、それ。地元の消防団か?
「中に入っていい?」
ダメなんて言う訳がない。周は黙ってこくこく頷いた。
和泉はにこっと笑って中に入ると、じゃれついてくるメイを抱いて、暖房の風が吹いてくる場所に移動した。
「周君、今日は一人?」
「ええ。義姉は実家に帰ってます」
「旦那さんとケンカでもしたの?」
「……仕事です」
ケンカできるほど接触がない。
義姉の夫、つまり周の兄は結婚してからこっち、この家にやってきたことは片手に余るほどしかない。
彼の寝る場所も食事をする場所も、いつだって職場なのだ。
和泉はそれ以上余計なことは聞かず、メイの遊び相手をしてくれている。
拾ってきた子猫はすやすやと周の腕の中で眠りについている。
「そういえば和泉さん、夕飯食べました?」
「それが、ベランダに放り出された上、ご飯も食べさせてもらえないんだよ? これって立派な虐待じゃない?」
あんたが怒らせるようなことを言うからだろ、と周は内心で思ったが黙っていた。
「良かったら一緒に食べます? 義姉がいろいろ作り置きしてくれてるので」
「わぁい、ありがとう。周君って本当に優しいんだね」
と、その時。インターホンが鳴った。
誰だろう? 受話器を取りかけた周の手を和泉が止めた。
「お願い、居留守使って」
たぶん和泉のお父さんだろう。
そんなこと言われても……と逡巡していると、今度は携帯電話が鳴りだした。が、自分のではない。
腕の中の子猫が目を覚ます。が、すぐにまた目を閉じた。
「うぅ……昔は携帯電話なんてなかったのに……」
和泉は携帯電話を耳に当ててぼやいた。
「はい……わかりました、戻りますよ。戻ればいいんでしょう? ちゃんと晩ご飯食べさせてくれますよね?」
和泉はメイを床に降ろして、仕方なさそうに玄関に向かう。
「ごめんね、せっかく言ってくれたのに。パパが戻って来いってうるさいんだ」
「いえ……あ、そうだ。和泉さん、申し訳ないんですが……」
周は先住猫のメイが、今日拾ってきた子猫に対して敵対的であることを説明し、せめて今夜一晩預かってくれないかと頼んだ。
二つ返事で引き受けてくれた和泉は、自分の家に戻って行った。
その後周は子猫を寝かせ、自分も風呂に入り、夕食の支度を始めた。