校長先生のおはなし
義姉の美咲が嘘をつけない、隠し事のできない人間なのは、そう長くもない付き合いだがよく知っている。彼女にはまったく裏表がない。
だけど。あんなふうに浮気相手だと指定された写真の男が目の前にあらわれて、その上美咲のことを知っているとなると、平然としてはいられない。
だけど真相を確かめるのが怖かった。
もしあの密告の手紙が真実で、兄と別れてあの男と再婚するつもりなのだとしたら。そうしたらもう二度と会えなくなってしまう。
周は自分でも自分の気持ちが理解できないでいた。
嫉妬というのとは少し違う気がする。
ただ、どうにもやり切れないこの思いは怒りへと変わり、周は美咲に対して八つ当たりを始めた。
何を言ってもしても反撃したり、怒鳴り返したりは決してしない彼女を見ていると、余計に苛立ちが募るのだった。
今日から美咲は仕事で実家に戻る。
正直、ほっとしていた。顔を合わせなくて済めばそれに越したことはない。
周があれこれと考えながら校門をくぐったところで、後ろから誰かに軽く背中を叩かれた。
「おはよ、どうかしたの? 暗い顔して」
周が通う学校は小中高一貫式の私立男子高である。
声をかけてきたのは、まだ小学校に上がる前からの幼馴染みである篠崎智哉だ。
昔、藤江家が住んでいた家のすぐ隣に住んでいた。
同じ学校を受験して同じく合格した。そして今はクラスメートだ。
大人しくて目立たないが勉強はよくできる。華奢な身体つきで、顔も女の子とよく間違われるほど可愛らしく、言葉遣いも柔らかいので、それだけに時折変態から好意を寄せられることもある。
智哉は周が友人と呼べる数少ない存在だった。
一緒になって大騒ぎする仲間でないが、彼独特の落ち着いた雰囲気が好きだ。
「智哉、今日は学校終わったら塾?」
「ううん。今日は特に予定ないよ」
「じゃあ……家に来てくれないか? ちょっと相談したいことがあって。猫は、平気だったっけ?」
智哉はにっこりと微笑む。
「うん、行くよ。周が猫を拾った話は聞いてたけど、まだ見たことないしね」
二人がそんな遣り取りをしながら教室に入ると、既に登校していた生徒達は、数人でグループを作り額を突き合わせて何やら大騒ぎしている。
えー、マジかよ! あいつ、そういうタイプだったっけ?
ほら、なんか何度か先生に呼ばれてたことあったじゃん。
悩んでたんじゃ……ストレスたまってたんだろ。
周は智哉と顔を見合わせた。
その時、校内放送が流れた。
『全校生徒の皆さん、体育館に集まってください』嫌な予感がした。
生徒達は言われた通りにぞろぞろと体育館に集まる。
何も考えていないお気楽な生徒達は、これから何を話されているのか何も知らないまま、じゃれ合っている。
そんな彼らを横目で見ながら、周はなぜかひどく胸騒ぎがするのを覚えた。
体育館の隅では教師達が額を寄せ合いひそひそと何か話している。
中年の体育教師が号令をかける。生徒達はクラスごと、出席番号順に整列する。
舞台の上にスーツ姿の校長が姿をあらわす。
「皆さん、おはよう。今日集まってもらったのは他でもありません」
外見から想像が容易い、甲高い裏返ったような声で校長は話し出す。
「2年4組の西崎隆弘君が今日、亡くなりました」
体育館は夏暑く、冬寒い場所だ。
今の季節は初夏だが、締め切られた体育館の中はうっすら汗ばむほど暑いのに、周は背筋を悪寒が走るのを感じた。
生徒達全員がざわめき出す。
「原因はまだ、よくわかっていません。ただ、わかっているのは自ら命を絶ったということだけです。そこで私は皆さんに伝えたい。いいですか、たとえどんな理由があろうと自分で自分を傷つけること……」
校長の話は途中から耳に入らなくなっていた。




