血の気が引く瞬間:2
かつて自分が西崎と同じような状況に追い込まれた時、死んでしまいたいと思ったこともある。
それでも思いとどまったのは娘のことがあったからだ。
西崎も子供を可愛がっていたはずだ。
その息子が事件を起こして逮捕される。
それがどんなに辛いことだったとしても、普通の親なら更生を信じて家で待っていてやるだろう。
刑事部長は聡介を真っ直ぐに見つめた。そして、
「お前はどう思う? なぜ、西崎は姿を消したか」
聡介は頭の中で懸命に思考を巡らせた。
「推測でしかありませんが彼は責任感が強く、プライドの高い男です。自分の息子が犯罪者として逮捕された以上、警察官でいる資格はないと考えても無理はないと思います」
「だったら黙って辞表を書いて提出すればいい。年齢的に再就職は難しいとしても、まったく不可能な訳じゃない」
エリートの意見だと思った。彼らは定年後の再就職先、いわば天下りが約束されているのだから。
そうでない一般の警官達の事情など少しも理解していない。
「いいえ、部長。彼は死ぬまで刑事でいたかったんです。このまま生き恥をさらすのは耐えられなかったのではないでしょうか」
「自殺する危険もある、と言うのか?」
刑事部長が口にしたのはあまり考えたくない最悪のケースだった。
「悪い報せだ。廿日市南署から拳銃が一丁紛失している。いや、何も知らない係員が西崎に渡してしまったと言った方が正確だろう」
刑事達はいつも拳銃を持ち歩いている訳ではない。
必要に応じて貸与カードを備品管理係に渡し、それと引き換えに持ち出すことができる。
聡介はすーっ、と全身の体温が下がっていくのを感じた。
それと、と参事官が声をひそめて言った。
「まだこれはマスコミには発表していないのだが……昨夜、西崎隆弘が自殺した」
「え?」
一瞬、何を言われたのか理解するまでに時間がかかった。
「看守が一瞬だけ目を話した隙に、首を吊ってな」
そんな、どうして……と言おうとして声にならなかった。
「そのことを、西崎は……?」やっと出た声は震えている。
「知らないはずだ。事が発覚する前に、西崎は姿を消していた」
刑事部長は急に椅子から立ち上がると、聡介のすぐ傍に立った。
「もっと最悪のケースも考えられる。西崎が拳銃を持ち出したのは、自殺するためではなくて、息子を犯罪に巻き込んだ他の少年達を探し出して復讐する。犯人グループの似顔絵は奴も見ているからな」
この部長はどうしてそう、悪いことばかり考えられるのだろうか。
しかも決してありえないと言えないのが現実だ。
「とにかく、一刻も早く西崎を探し出せ」鋭い視線が突き刺さる。「共犯の少年達は引き続き安芸中央署が追っている。とにかく秘密裏に行動しろ。ブンヤには決してバレないよう細心の注意を払え。もし、万が一西崎が遺体で発見されたとしたら……まず私に報せるんだ。わかったな」
刑事部長の命令に、聡介はただ黙って頷くことしかできなかった。




