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だから本日の『お前が言うな』

 和泉が隣室のインターホンを鳴らすと、ものすごい勢いでドアが開き、美咲と子猫が二匹姿をあらわした。

 周の義姉は泣き出しそうな顔をして「良かった……」と呟く。

 何も告げずに家を出たのだろうか? だとしたら心配したに違いない。

 しかし周は黙ったまま靴を脱いで上がってしまう。

 そのまま、自分の部屋に直行して鍵を閉める。


「あの……何かあったんですか?」余計なことかと思いながら和泉は訊ねた。

 美咲は黙って首を横に振る。

「わからないんです、いったい何があったのか……全然わからなくて……」

「余計なお世話だと思いますが、ご主人と一緒によく話し合った方がいいですよ」

 爪を立ててよじ登ってくる猫を彼女の手に渡し、和泉は背を向けた。


 家、と言っても正確には居候している父親の家に戻り、背広を脱いでハンガーにかけていると、後ろからくすくすと聡介の忍び笑いが聞こえた。

「……何ですか? 聡さん」

「いやな、お前の口から『ご主人と一緒によく話し合った方がいい』なんていうセリフが出てくるとは思わなかった」

 それができていたらお嫁さんに逃げられたりはしなかっただろう。


 実を言うと和泉はたまに家に戻ると、妻から持ちかけられるいろいろな相談ごとや、大事な話、を聞くのが面倒くさくて、いつも適当に聞き流していた。

 頭の中はいつも仕事のことでいっぱいだったし、犯人を捜し当てること、捕まえること以上に『大切なこと』など考えられなかったというのもある。

「詳しいことは知らないが、隣の旦那さんも仕事が多忙な人みたいだな」

 その時、カリカリと網戸を引っかく音がした。和泉はカーテンと窓を開ける。

「メイちゃん」最近だいぶ大きくなった猫はごろにゃんと喉を鳴らして擦り寄る。

「……どうでもいいが、その猫はなんでそんなにお前に懐くんだろうな」

「猫ちゃんにはわかるんですよ、心優しい人間のことが」

「お前の身体からマタタビの匂いでもするんじゃないのか?」

「そんな訳ないでしょう。ねぇ、メイちゃん?」

 ふと和泉は『匂い』で思い出したことがあった。

「何て言うかにおうんですよね、今回のこと。何かって言ったら、そう『やらせ』の」

 

 西崎隆弘を探し始めてから、割とすぐに本人が見つかった。

 通常この広い街中で人を1人探し出すのは、いくら警察の組織力を持ってしても、そう簡単なことではない。まして相手は容疑者と呼ばれる存在だ。

 普通は逃げ隠れして尻尾を出さないように、細心の注意を払うだろう。

「西崎は、信用に値する人間だ」

「別に僕は西崎さんがどうこうって言ってる訳じゃありませんよ」

 猫の耳裏を指で撫でながら「なんだか、背後にもっと大きなものがうごめいているような気がしてならないんです」

「……大きなもの?」

「まぁ、考え過ぎかもしれませんが。考え過ぎと言えば、ここだけの話ですけどね。西崎さんの息子さんはお母さんにそっくりでしたね」

 聡介は何が言いたいんだ? という顔をする。


 お父さんには少しも似ていませんね、と言いたいのを和泉は胸の内にしまった。

 今はそれを口にしない方がいい。なんとなくそう思った。


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