妬かないでください
午後11時を回った。
そういえば昼食以降何も食べていない。
家路を車で走りながら、マンション近くのファミレスで夕飯を食べようという話になった。
24時間営業のその店は、夜更けでもそこそこ客が入っている。
禁煙席を頼み、ウエイトレスに案内されながら歩いていると、和泉は窓際の席に見慣れた顔を見つけた。
「周君?」
彼は1人ですっかり氷の解けたグラスをストローで弄びながら、ぼんやりと外を眺めていた。
和泉に気付いた彼は気まずそうに目を逸らす。
「何してるの? こんな時間に。一人?」
ウエイトレスが困惑気味な表情を見せる。
和泉はここでいいです、と勝手に周の隣に腰掛けた。
まぁいいか、と聡介も一緒に向かいに座る。
「最近の若い子はファストフード店とかカフェとか、大型スーパーのフードコートなんかで勉強するって聞いたことあるけど、さすがにこの時間はないんじゃない?」
テーブルの上には参考書やノートが広がっていた。
「どうしたの、何かあったの?」
「別に何でもありません」予想と寸分違わない回答。
つい可笑しくなってしまって、和泉はくすっと笑ってしまった。
そして案の定「何が可笑しいんですか?!」と噛みつかれる。
「ごめんごめん、だってあまりにも予想通りで……」
向かいの聡介が苦い顔をしている。
もう少しデリケートに扱ってやれ、ということか。
「何、お兄さんとケンカでもした?」
美咲と何かあったかなんて頭の片隅にも浮かばなかった。
和泉の見る限り、彼の義姉はおよそ人と争ったり、ぶつかり合うことなどしないタイプである。
「……ケンカできるほど顔合わせてませんから」
予想外の返答。
「本当にどうしたの?」心配になってきた。
「俺にかまってないで、注文したらどうですか?」
気になってそれどころではなくなってしまった。
聡介が注文したものに僕も同じの、とだけ口を出して、周の不貞腐れた横顔を見つめる。
「……ゲームセンターは午後6時以降の未成年入店お断りだけど、ファミレスは何時でもいいんだね」
和泉はおしぼりで手を拭きながらしみじみと言った。
確か周は高校二年生だ。ということは16か17歳だろう。
和泉は周の横顔を覗き込んだ。
「……何か困っていることがあるなら、いつでも相談に乗るよ」
そういうまともな真面目なことを言うのはもちろん、聡介の方だ。
周はありがとうございます、とだけ言ってそれ以上は口を閉ざしてしまう。それからしばらく妙な沈黙の時間が続いた。
注文した料理が運ばれて来て、和泉達が箸を取った頃に周が立ち上がる。
「どこ行くの?」
「……どこだっていいでしょう」
「なんだったら、僕の家に泊まる? あ、正確にはお父さんの家だけど」
「いいんですか?」
ぱっと顔色が明るくなる。が、次の瞬間。
「その代わり、僕が周君の家に泊まっていい?」
即座に周の顔色が変わった。
もちろん冗談のつもりだった。彼の家には人妻がいる。
彼の兄が帰宅しているなら話は別だが、そうでなければ道徳的にかなりマズイ状況だ。
しかし周は片頬を歪めるような笑い方をし、
「それもいいんじゃないですか? 義姉が一人きりで、兄はどうせ今夜もいないし、好きなようにやりたい放題でしょう」
驚いた。傍から見る限り、彼は自分の義姉を敬愛しているようだった。
その彼の口からそんな台詞が出るとは。
「ごめん、今のは僕が悪かった」
毒気を抜かれたような顔をして周は再び席に着く。
すぐに謝ったのが良かったのか、和泉は聡介に蹴られるのを回避できた。
それにしてもこんな時間に高校生の彼が一人でファミレスに居ることさえ不自然なのに、家に帰ることをどこか拒んでいるような様子が気になった。
いったい何があったのだろう。
「一緒に帰ろう」聡介が言う。
彼が言うと何となく頷かざるを得ない。
そんなふうに思ったのだろうか、周は黙って首を縦に振った。
やっぱり聡さんはお父さんだな、と和泉は思う。ファミレスから帰り、駐車場から5階に上がるまでずっと周の肩に優しく触れて、無言で歩いた。
それだけで気持ちがほぐれたのか、周もまた黙って歩いた。
そして和泉は胸の内で舌打ちする。
また弟が増えた!! ……と。




