お父さん、初めてのマ○ド:2
「ま、冗談はさておき」
冗談だったのか? 和泉が階段の方に視線を向ける。聡介もその先を追う。
中高生ぐらいの少年グループがわいわい言いながら昇ってきた。その中に西崎隆弘がいるのではないかと注意する。
するとその内の1人が聡介の視線に気づいたようだ。不快そうに舌打ちし、
「おい、オッサン」とつかつか歩み寄ってくる。
「何ガン飛ばしよるんじゃ?」
普通の中年男性ならここで怯えるか委縮するかだろう。が、聡介も伊達に長い間刑事をやってはいない。
向かいに座っている和泉はニヤニヤとおもしろそうに笑っている。
「君達に聞きたいことがあるんだ。この子、知らないか?」
平然とポケットから似顔絵を取り出して見せる。
少年の中でのこの後の展開はおそらく、聡介を店の外に連れ出し、金銭をカツアゲするつもりだったのだろう。
が、思いの外冷静に、そして予想もしなかったことを言われて困惑しているようだ。
気まずくなったのか、少年はぷいとそっぽを向いて階段を降りて行く。
所詮悪ぶっているだけの小物か。残りの少年達は大きな声であざ笑った。
「あれ、それってタカヒロじゃん」
少年の1人が言った。
「知っているのか?! 今どこにいるのか、知っていたら教えてくれ!!」
気押された少年は何故か視線を彷徨わせ、一番背の高い少年の顔色を窺った。
どうやら彼がこのグループのリーダー格らしい。髪を金色に染め、手首には刺青が入っている。
「一番最近で見かけたのは、南観音のコンビニ」リーダー格の少年が答えた。
「南観音のコンビニ? どの辺りなのか、もっと具体的に教えてくれないか」
するとその少年は鼻を鳴らして笑った。
「そんなの、自分で調べろよ」
確かにそうだ。ありがとう、と言って聡介は立ち上がる。
当面の目的地は決まった。南観音ならここからそう遠くはない。町中のコンビニに聞き込みに回るだけだ。
行くぞ、と和泉に声をかける。
彼は仕方なさそうに立ち上がり、少年達ににっこり笑って礼を言った。
南観音のコンビニといっても件数的には知れている。2軒目ですぐにヒットした。
「ああ、この子ならほぼ毎晩来ますよ」名札に『店長』の肩書が入ったバッジをしている男性店員が答えてくれた。
「どこにいるか、わかりますか?」
「さぁ、そこまでは……」
しばらくはこの店を張り込むしかない。
こんな時、ちょうどいい具合に向かいにガラス張りのカフェなどがあるはずもなく、道の反対側の電信柱に身を隠し、立ったままひたすら西崎隆弘があらわれるのを待つ。
約1時間が経過し午後10時を回った時だ。
このコンビニエンスストアは1階が店舗で、その上はマンションになっている。
西崎隆弘と思われる少年が上の階から降りて来てコンビニに入って行った。似顔絵と見比べて見る。間違いない。
聡介は目で和泉に合図する。
無言で了解の返事があり、聡介だけがコンビニへゆっくりと入って行く。
隆弘は雑誌コーナーで立ち止まり、パラパラと漫画雑誌を見ていた。
気配を消して近付く。明るいコンビニのガラス窓に姿が映る。
「西崎隆弘君?」
少年は顔を上げ、そして驚愕する。どうやら聡介のことを覚えていたようだ。
「探していたんだよ。お父さんが君のことを……」
「……よ……い」
「え?」
西崎隆弘は一瞬しゃがみ込んだかと思うと、弾みをつけて立ち上がり、そうして聡介の身体を押しのけて店の外へ走って出て行く。
「彰彦!!」
和泉に任せておけば間違いない。その確信は裏切られなかった。
聡介が外に出ると、ちゃんと和泉が隆弘を確保していた。
西崎に電話をしよう。未だに使い勝手がいまいち理解できない携帯電話を取り出し、聡介は隆弘の父親に電話をした。
どこにいたのか西崎はすぐにあらわれた。母親も一緒だった。
彼は息子の姿を確認するとつかつかと歩み寄り、手を挙げるのかと一瞬心配したがそうではなく、ぎゅっと強く抱きしめた。
「無事で良かった……!!」
目尻にうっすら涙が浮かぶ。
母親も両手で口元を押さえ、涙目で小刻みに震えている。
しかし、当の隆弘本人は白けた表情をしていた。
「……高岡、本当にありがとう。何て礼を言ったらいいのか……」
聡介は黙って首を横に振る。しかし、大変なのはこれからだ。もしこの少年が本当に河川敷ホームレス殺傷事件の容疑者の1人だとしたら……。
「これから安芸中央署に行く」
聡介の内心を読みとったかのようなタイミングで西崎が言った。止める理由はない。
しかしその時。




