お父さん、初めてのマ○ド:1
広島市内随一の繁華街は今夜も、仕事帰りのサラリーマンやOL、怪しい人相風体の男女で賑わっている。地べたに座り込んでギターを弾きながら歌っている若者もいる。
西崎の息子である隆弘は母親にそっくりだというので、西崎の妻をあまり知らない聡介には見分ける自信があまりなかった。
通常の業務はキリのいいところで終わらせ庁舎を出た。
二人一緒に行動すると目立つので、和泉とは少し時間をずらして、まずは単独で西崎隆弘を探すことにした。
若い男の子の行きそうな場所、大抵はゲームセンターだが、を何軒か回ってみる。
耳にたくさんピアスを刺している茶髪の若者達がたむろし、大きな声で笑ったり話したりしている。
実を言うと聡介はこの年代の若者達が苦手だ。
偏見かもしれないが、彼らは皆一様に大人を軽視し、こちらが真面目に話しかけたことを茶化してしまう。
同じことを和泉にされても腹が立たないのは……時折本気でブチ切れるが……やはり長い付き合いで親愛の情があるからだろうか。
しかし。躊躇している場合ではない。
「ちょっといいかな?」
見た目で一番普通そうな少年に声をかける。「この子、見たことないかな?」
西崎隆弘の似顔絵を見せるが、少年はロクに目を向けもせず「さぁ」とだけ答えた。
よく見てくれないか、と言いかけてやめた。無駄な気がする。
仕方がないので他の少年を探す。
どの子も一様に知らない、と首を横に振った。
仕方ないので次の店に移動することにする。時計を見ると午後8時を回っていた。
一応ゲームセンターの玄関には『18時以降未成年者の立ち入りはご遠慮いただいております』と書いてあるが、たいした意味を成していないようだ。
ゲームセンターばかりが対象になるとは限らない。少年が立ち入る場所といえばファストフード店だってそうだ。
今度はあの店だと見当をつけたのは、24時間営業しているハンバーガーのチェーン店である。
昭和産まれ昭和育ちである聡介はあまり、というか滅多にハンバーガーだとか、フライドチキンだとかを口にしない。身体に悪いイメージが強くて娘にも食べさせなかった。
しかし、何も買わないで店の中に立ち入る訳にはいかないだろう。
自動ドアをくぐる。カウンターに立っている店員からいらっしゃいませ、と声をかけられた。
こういう店で何をどうしていいのかわからない聡介はしばし戸惑った。
とりあえずカウンターの前に立ってみる。手帳を示して似顔絵を店員に見てもらうことにしようか。
その時、
「ホットコーヒー二つください」
後ろから長い腕がにゅっと伸びてきてカウンターの上のメニュー表を指差す。
振り返らなくても和泉だと解った。
「お会計はご一緒でよろしいでしょうか?」
「はい、もちろん」
なんだかわからないまま、聡介は2人分のコーヒー代金を払う。
「僕が持って行きますから、2階に行って席を取っておいてください」
言われるままに狭い階段を上って二階へ行く。
こんな時間でもまばらに人が居た。1人でハンバーガーを食べながら携帯電話をいじっている若い男性、飲み屋帰りのような女性の三人組、そしてやはり未成年と思われる少年達のグループ。
間もなくトレーを持った和泉がやってきた。二人で向かい合って座る。
「聡さん、こういう店入ったことないでしょう? 顔を見てすぐに分かりましたよ」
「悪いか?」
「いえ、別に。それより……なかなか難しそうですよ、西崎さんの息子を探すのは」
コーヒーにミルクと砂糖を入れながら和泉は言った。
「有名なワルならともかく、いたって普通の男子高校生ですからね」
そうだな……と聡介はブラックのままコーヒーを啜った。本当は砂糖を入れたいのだが、身体のことを考えて我慢する。
「ところで息子と言えば、葵ちゃんなんですが……」
「どうかしたのか?」
「今日、様子がおかしかったですよね?」
実を言うと西崎の息子のことで頭がいっぱいで、駿河の様子を見る余裕がなかった。
こんなことではいけないと忸怩たる気分になる。
「おかしかったって、どんなふうに?」
和泉は冷めた目で見つめてくると、ふんと笑った。
「可愛い息子なんですから自分の目で確認したらどうです?」
彼は聡介の分のスティックシュガーを取り、自分のカップに入れた。
「聡さんはいつも、よその息子のことで頭がいっぱいなんですね」
「彰彦……」
この脳天気極まりない男も、何か悩みを抱えているのだろうか?




