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元カレがやってきた!!

「……くん、周君?!」

 いつの間にか1人で思考の世界に入り込んでいた。


 美咲に呼びかけられた周は、はっと我に帰った。気がつくと脇から猫がクッキーに前肢を伸ばそうとしている。

「だーめ……とりあえず、向こうの都合の良い時を聞いてくるよ」

 まだ今の時間は仕事中だろう。

 非常識にならない程度の時間に直接、隣を尋ねてみることにしよう。

 ごちそうさま、と周は立ち上がって自分の部屋に戻った。

 

 机の上には差出人不明の封書が乗っている。周は慎重に封を開けて中身を取り出した。

 入っていたのは手紙と写真。

 時々ドラマなどで見る、新聞の文字を切り抜いた気味の悪い文面で『あなたのお義姉さんは浮気しています』と、それだけが書いてあった。

 それから、見たこともない若い男の写真が何枚か。

 

 バカバカしい。周は手紙を、写真も共に破ろうと思ったが、なんとなく思いとどまる。

 周は溜め息をついて、それから封筒と写真を机の引き出しにこっそりしまった。

 出会ったばかりの頃なら憤慨して彼女を問い詰めていただろう。

 でも、今は違う。

 

 義姉は兄が言うようなふしだらな女ではない。そう確信していた。

 

 そもそも兄と義姉の結婚、その裏にはいろいろな思惑が隠されていたらしい。金銭絡み大人の事情というやつである。詳しいことを周は知らないが。

 戦国時代じゃあるまいし、政略結婚なんて今どきあるのかと思っていたが、ふと昔父親の悠司が酔って漏らした愚痴を思い出す。

  具体的に何と言ったのかは覚えていないが、とにかく父が賢司の母親と結婚したのは、会社の為だったのだと。

 

 父は賢司の母親と別れたがっていた。

 生きてさえいれば、周の母親と再婚したかったとも。

 それがなくても夫婦としてはもうやっていけない。だから子供達のいないところで話を着けよう。

 そう言って車で出掛けた矢先、事故に遭って二人同時に亡くなった。

 

 いつの間にか思考が逸れていた。

 試験も近いのだ。周は参考書を広げ、勉強することにした。

 それからふと時計を見ると、午後9時少し前だった。

 周は参考書とノートを閉じて立ち上がる。

 この時間ならまだ、訪ねて行っても許されるだろう。

 

 自分の部屋を出ると、ニャーとメイが擦り寄ってくる。

「お前の好きな和泉さんのところに行くよ」

 子猫を抱き上げて靴を履く。玄関のドアを開けて一歩踏み出す。

 すると、隣室のドアの前に男性が立っていた。

 共用廊下は薄暗く、ぼんやりと横顔しか見えない。

 

 どうしよう? 後にしようか。

 躊躇した時、メイが腕の中から降りて男性に近付く。

 子猫に気付いた男性はしゃがみ込んで大きな手でメイの喉や頭を撫でている。

 

 それから周の存在に気付く。

「あの……」お隣は留守ですか? とでも言えばいいのだろうか。

 男性が立ち上がると、今度は顔がはっきりと見えた。

 そして驚いた。

 

 ついさっき、義姉が浮気していると書かれた手紙に同封されていた写真の男性にそっくりだったからだ。

 相手も周の顔を見て驚いたようだ。

「……君は……?」

 男性は強い力で周の腕を掴んで食い入るように見つめてきた。

「何なんですか?!」

 まさか本当に義姉の浮気相手で、彼女を訪ねてきたものの部屋を間違えたのだろうか?

「君の名前は?」

 周は男性を睨みつけた。黙って答えない。

「寒河江美咲という女性を知らないか?」

 寒河江は義姉の旧姓である。暇な人間の悪戯だと思っていたら、どうやら真実味を帯びてきたようだ。

 そうなると、周の中に別の感情が湧いてくる。


 いくら裏の事情があって兄の元に嫁いできたからといって、同情すべき充分な理由があったとしても、他所に男を作ることが許される訳ではない。

 やはり兄が言うように、今まで見せてきた貞淑な妻の姿はすべて演技だったのか。

『周君に会えて嬉しい』と、彼女はいつもそう言っていた。

 だから周も、兄の代役はできないまでも、できる限り親切にしようと決めたのだ。裏切られた。


「そんな人知りません」

 周は邪険に男性の手を振りほどき、子猫を抱え上げて部屋に戻った。

 靴を脱ぐと、ちょうど風呂から上がってきた美咲と鉢合わせする。

「周君?」

 周は返事をせず、自分の部屋に入って鍵をかけた。


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