明日、お嫁さんがくるから:1
『明日、お嫁さんが家にくるから』
何でもない口調で兄の賢司が爆弾発言をしたのは、周が中学を卒業した春休みのある日の晩だった。
兄弟二人で暮らすようになって1年が経過した頃のことだ。
初めは冗談だと思った。しかし、兄は冗談を言う人間ではない。
『明日? っていうか、お嫁さんて誰の?』
少し心配になるほど、兄に女性の影は今までこれっぽっちも見えなかった。
『僕に決まっているだろう。君はまだ結婚できる年齢じゃない』
『ふーん、おめでとー』
『本気にしていないね、周?』
『当然だろ。そんなこといきなり言われてはい、そうですかなんて……つーか、俺にここを出て一人暮らししろってこと?』
『どうしてそうなるんだ。ここで三人一緒に暮らすんだよ』
信じられなかった。
『冗談じゃねぇ、やだよ俺。新婚夫婦と同居なんて』
すると賢司は可笑しそうに笑った。
『そのことなら心配いらない。金のいらない家政婦を雇ったようなものだから』
『……何それ』
『うるさい親族を黙らせる為に迎える、名ばかりの妻だよ。東京にいる僕らのお祖父さんが、どこかの知り合いから調達してきたらしい』
『調達って……』
『年齢は僕より少し下で、名前は美咲って言うらしい。実は僕もまだ二回ぐらいしか会ったことがないんだ』
『……それでいいのかよ?』
『僕に不満はない。こんなことぐらいで仕事に、研究に没頭できるならね』
本気で言っているのだろうか?
兄にとって結婚とは何なのだろう。
理解できないのは自分がまだ学生だからなのだろうか?
『それよりも周、充分に気をつけるんだよ。お祖父さんの話だと彼女の母親は、男と見たら見境なく色目を使うようなふしだらな女だったらしいから。その娘なんだから、だいたいどんな女かの想像はつくよね。君の部屋にも鍵をつけるから、僕が家にいない時には必ず鍵をかけておくんだよ』
『やっぱり俺、自立するよ……』
『ダメだよ。その方がもっと心配だ』
金に汚くて、ふしだらで、場末の飲み屋にいるホステスみたいな。
周が義理の姉になる女性に対して抱いたイメージはそんな感じだった。
きっと派手で、露骨に性的アピールをする女。
そんな奴と一言だって口もきいてやるもんか。
そう思っていたのに、やってきた兄のお嫁さんだという女性は、聞いていた話と正反対のように思えた。
清楚というのは彼女の為にある単語ではないだろうか、というのが周の第一印象だった。
しかしひどく暗い表情が、彼女の美しい顔立ちに影を落としていた。
聞いていた話と違う、と周は賢司に文句を言った。
すると兄は笑った。女性は化け物だからね。いくらでも外見は取り繕えるものさ。
それにね、周。と、兄は少し複雑そうな顔をして言った。
『これは人づてに聞いた話だけどね。彼女……ついこないだまで3、4人の男と同時に付き合ってたそうだよ。だから、前にも言ったけど周も充分気をつけて』
それだから周はひどく美咲を警戒した。




