拝啓
学校が終わって帰宅し、ポストを確認した周は一通の封書を見つけた。
今どき封書なんて珍しい。いったい誰だろう? と裏を確認するが、差出人の名前はない。
宛名は周となっている。
未だに悪戯でこんな暇なことをする人間がいるのだろうか。
気味が悪いが、取り敢えず家に持って帰ることにする。
今日は義姉も家にいる。兄は相変わらず仕事で不在だ。ドアを開けると甘い香りが台所の方から漂ってきた。
周はカバンと手紙を自分の部屋に置いて服を着替えた。
それからリビングに向かう。
「周君、おかえりなさい。ねぇ、ちょっと猫ちゃん達を抑えてて」
美咲が台所に立っている。子猫達は二匹ともオーブンの下で待ち構えている。
狭いところが好きな猫達は、以前からオーブンの中に入ろうとする癖があった。
「何か焼いてんの?」
「うん、クッキーを焼いたんだけど……この子達がこの調子だから、ドアを開けられなくて」
美咲は困った顔で鍋つかみを持て余している。
周は子猫を両脇に抱き上げた。
オーブンのドアが開くと、甘く香ばしい匂いが部屋中に立ちこめる。
義姉は料理も上手だがお菓子も作れる。彼女は暇を見つけてはよく手作りのおやつを用意してくれた。
「ねぇ、周君。私ちょっと考えたんだけど……」
焼き立てのクッキーと一緒にコーヒーを淹れてくれた美咲は、何やら深刻そうな顔で話しかけてきた。
「何を?」
「和泉さんに何かお礼した方がいいと思うの。周君もそうだし、猫ちゃんだって病院に連れて行ってくださったんでしょう? 何がいいかしらね」
「……賢兄は、そのこと知ってんの?」
「一応、メールはしておいたけど」
夫婦のコミニュケーションは唯一メールのみ。それも、妻の方が夫に報告するだけのことだ。
業務連絡よりも味気ない。
「一度、晩飯にでも呼んだらいいんじゃないの? はっきりとは知らないけど、お隣、男の2人暮らしみたいだから。普段ロクなもの食べてないんじゃないかと思う」
周が答えると、美咲は嬉しそうに顔を輝かせた。
元々彼女は自宅に人を招いてご馳走するのが好きなタイプなのだ。
「そうね、それがいいかも。お酒は召し上がるのかしら?」
近頃、義姉の笑顔が増えてきたような気がする。
藤江家に、兄の元に嫁いできた頃の美咲は、この世の終わりかのような悲壮な顔をしていた。
周は詳しいことは知らないが、彼女は賢司のことが好きで結婚した訳ではないそうだ。
彼には詳しく知らされていないが様々な事情があって、今に至るということだけは知っているのだが。
彼女が初めて家にやってきた頃のことは、今でも忘れられない。




