父と子
『俺達を助けてくれ』西崎はそう言った。
彼の話はこうだ。
先月から市内で起きたホームレスの殺傷事件。それは安芸中央署の管轄内だが、河川敷にビニールシートを敷いて暮らしているホームレスの何人かが複数の少年グループに襲撃され、1人が死亡、5人が重傷を受けた。
生き残った被害者の話により少年達の似顔絵が作成された。
その似顔絵は県内すべての所轄署に配布され、西崎もそれを見た。
その中の一枚を見て彼は一瞬呼吸が止まるかと思うほどの衝撃を受けた。
息子の隆弘にそっくりだったからだ。
誰にも言えなかった。被害者の見間違いだと信じたい。
家族のことをほとんどの同僚達は知らない。
息子の顔を知っているのはせいぜい高岡聡介ぐらいだ。
だが、彼も幼かった頃の顔しか知らないはずだ。けれど明らかになるのは時間の問題だろう。
他の誰にも言うことはできなかった。
いつからかすっかり会話もしなくなった息子。
幼かった頃は全力で愛情を注ぎ、非番の日には必ず一緒に時間を過ごした。
彼が少しずつ成長するにつれ共に過ごす時間が少なくなり、そうして仕事にのめり込んで行くようになってからは、顔を合わせても挨拶もしない。
そんな日々が続いていたから、息子が問題を抱えていることも全然気付かなかった。
どうやら悪い仲間とつるんでいるらしい。妻から聞いた話はそれだけだ。
その時に考えたのは息子のことよりも自分の出世のことだった。
何か事件でも起こして足を引っ張る様な真似をしなければいいが。
そんな矢先のことだ。
息子は何日も学校にも行かず、家にも戻っていなかった。
西崎の気持ちは痛いほど理解できた。
聡介は何と言っていいのかわからず、とにかく管轄の安芸中央署に行くことにした。この事件に関しては既に強行犯係の他の班員が出動している。
聡介が出て行けば嫌な顔をされるだろう。
だが他でもない西崎の頼みだ。
しかし『助ける』と言ってもどうしたらいいのだろう? 捜査員が探し出して息子に手錠をかける前に、出頭させるよう説得したいのだろうか。
だから、誰よりも早く探し出して欲しい。そういうことなのだろうか。
意を決して署の玄関にやってきたものの、どうも一歩を踏み出す勇気が出ない。
とっさに浮かんだのが和泉の顔だった。
聡介はほぼ無意識に息子の携帯電話にかけていた。
彼は今日非番だ。少し申し訳ないと思いつつもダイヤルする。
彼は何も聞かずにすぐ来てくれると言った。
普段は苛立たされることも多く、殴ってやろうかと思うこともままあるが、いざという時には頼りになる息子だ。
予想通りに彼はすぐ来てくれた。




