猫の名付け親
だめよ、と義姉が言っているのが聞こえる。
ノックの音がしたので返事をする。
「終わりました? 朝ご飯、ご用意したので召し上がってください」
和泉のことが大好きなメイはドアが僅かばかり開いたところで身体を滑り込ませ、一目散に駆け寄って行く。
最近ようやくメスだと判明した三毛猫も追随する。
「メイちゃん、お待たせ……ところでさ」
和泉は三毛猫を左手に抱えて言った。「この子に名前つけた?」
「実はまだ……」
拾ってきて何日か経過するのに、まだ名前を決めていない。
どうせ猫なんて自分の名前を識別しているわけじゃない。
「じゃあ僕が名付け親になっていい?」
なんとなく嫌な予感がした。
周は止めようと思ったが、
「そうしていただけますか?」と、義姉が余計なことを言う。
「この子がメイちゃんだから『さつき』はどう?」
「……某有名アニメのパクリじゃないですか」
「ダメかな?」いい訳がない。
和泉は少し悩んだ後、
「……枝豆、冷ややっこ、たこわさ、つくね、唐揚げ、生春巻き……」
「なんですか? その居酒屋の人気メニューみたいなラインナップは」
「だって、ペットに食べ物の名前つけるのってよくあるでしょ」
「動物病院で名前呼ばれる時のことを考えてください。藤江枝豆さんとか、恥ずかしい思いをするのはこっちですよ」
周はいたって真面目に言っているつもりだった。
が、急に美咲がくすくすと笑いだしたので、何かおかしなことを言っただろうかと気になり始めた。
「ごめんなさい、だって……二人のやりとりが楽しくて。仲良しなのね」
仲良しなのか? しかし考えてみれば確かに、和泉には遠慮なくものが言える。
やや不思議な気分だ。
「食べ物が不満なら飲み物にしようか? 生中、レモンサワー、ハイボール……」
「いい加減、飲み屋から離れてください」
すると和泉は溜め息をついた後、
「君のご主人様は注文が多いよ、メイちゃん」
同意を示すように子猫がニャアと鳴いた。
当の怪しい名前をつけられようとしている三毛の子猫は、美咲のことが好きなようで、彼女の膝の上で丸まっている。
どうでもいいが二匹とも拾って助けてやった命の恩人にはあまり懐いていないようだ。
なんとなく釈然としないものを感じながら周は猫の名前を考えた。
「じゃあ、お菓子にしようか。クッキー、チョコ、プリン……」
「あ、プリンならいいかも」
三毛の子猫は自分のことを言われているとは露も思っていないようだ。
大きな欠伸をしてから伸びをし、床に降りた。
その時、誰かの携帯電話が鳴りだした。
「あ、僕だ」和泉が立ち上がる。彼はリビングを出てしばらく電話をした後、つい先ほどとは打って変わった表情で戻ってきた。
「ごめんね、周君。出かけなきゃ」
「……お仕事ですか?」
「うん。美咲さん、ごちそう様。とても美味しかったです」
和泉は子猫達の頭をそれぞれ撫でてから出て行こうとする。
「和泉さん!」周は思わず呼び止めた。「また、家庭教師してくれますか?」
「もちろんだよ」
不思議な隣人は微笑みを残して出かけて行った。




