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流行りに乗ってみた:2

 エレベーターが来た。

 和泉は無視して乗り込もうとする周の身体を、肩に抱ぎ上げた。

「ちょっ……何するんですか?!」

「お姫様抱っこの方が良かった?」

「離してください! 俺は病院なんか行きませんから!!」

 身体全体がひどく熱い。


 どうやら高熱のようだ。

 エントランスから駐車場まで真っ直ぐに歩いて行き、周の身体を無理矢理、助手席に押し込む。

 シートベルトで固定してから、和泉は運転席に乗り込んでエンジンをかけた。

 一応、聡介に連絡しておかなければならないだろう。


 携帯電話を取り出して父宛てにダイヤルする。

「もしもし聡さん? すみませんけど、ちょっと遅れて行きます……え? 違いますよ。周君、そうお隣の……彼が人に言えない恥ずかしい病気みたいだって言うから、病院に連れて行こうと思うんです」

 助手席から遮ろうと伸ばされた手を上手くかわし、

「そういう訳ですから、今日は広電で通勤してくださいね。それじゃ」

 通話を終えると周が涙目で睨んでいた。

「……和泉さんて、いつもそんな感じなんですか?」

「そんな感じって?」

「何て言うか、テキトー……」

「まぁね。よく言われるよ、いい加減が服を着て歩いてるって」

 不貞腐れてはいるが、どうやら観念したようだ。

 周はシートをリクライニングさせてから両手を腹の上で組んで、目を閉じた。

「それにしても周君、そんな状態でも登校しようなんて、そんなに学校が楽しい? それともお友達に会うのが目的かな」

「……」

「あ、もしかして友達いないとか?」

 周はぷい、とそっぽを向いてから呟いた。

「……俺にだっていますよ、友達ぐらい。昨日見たテレビの話とか、流行りの音楽の話だとか、そういう雑談を交わすぐらいなら。仲良しの幼馴染みだっているし」

「僕はそういう意味の『友達』はいなかったな」

 アクセルを踏み込む。「僕が周君ぐらいの歳の頃は、まわりの人間は皆、頭が悪くて子供っぽくて、まともに相手をするのは損ぐらいに考えていたな。今思えばすごい思い上がりだけどね」

 くすっと周が笑う。

「今日は、日本史と数学の授業があるんですよ。日本史の先生は話がおもしろいし、数学は……一回でも欠席するとついて行けなくなるんです」

「どっちも僕、得意だよ。教えてあげようか?」

「和泉さんて、学校の先生か塾の講師なんですか?」

「……公務員には違いないけどね」


「ところで、こんなことしてて、遅刻したら怒られませんか?」

 心配そうな表情で見つめられて思わず和泉は戸惑った。

「平気だよ、定時なんてあってないような仕事だから」

 そうして車は病院に到着した。繁華街の真ん中にある総合病院である。

 事件や事故で怪我人が出ると最初に運ばれるところだ。

 和泉は何度もその病院には足を運んでいるので、病院のスタッフと顔見知りである。

「おはよー、高野ちゃんいる~?」

 時刻は午前8時50分。診察が始まる10分前だ。

 が、そんなことはおかまいなしに和泉は顔見知りの内科医である『高野』の札が下がっている診察室に周を連れて入って行く。


 いきなり入ってきた闖入者に医師も看護師もびっくりしたが、和泉だったことに気付いてすぐに納得顔になる。

「この子、診てあげて。たぶん風邪だと思うけど」

 まだ若い医師ははい、と若干引き気味ながら、丸椅子に腰かけた男子高校生の胸に聴診器を当て、口の中を調べる。

「インフルエンザではなさそうです。熱を下げるお薬と、喉の腫れをとるお薬を出しておきますね。今日はゆっくりお休みください」

「注射しないの?」和泉は残念そうに訊ねた。

「……した方がいいですか?」

「うん。お尻にね、ぶっといのを挿して……って、何か淫らな響きだなぁ」

 医者と患者は二人ともドン引きしているが、和泉はそんなことおかまいなしに、

「診療報酬は無料だよね? 時間外だから」

 時計の針は午前8時58分を指している。

「好きにしてください……」

「はーい、ありがとね。それじゃ」

 そう言い残して和泉は呆然としている周を今度は『お姫様抱っこ』で診察室から連れ出す。

 何か言いたそうな訊きたそうな顔をしている少年に、教えてやることにする。

「僕、あの医者の弱み握ってるんだよね。彼女いるくせに三股かけてるんだよ」

 はぁ……と、周の反応は案外薄かった。


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