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いい歳こいたオッサンが重度のファザコンとかありえねぇだろと言っているシスコン男子高校生の話。

いろいろツッコミどころ満載だと思いますが、温かい目でスルーしていただければと思います。

 また子猫を拾ってしまった。


 自宅マンションのすぐ傍を流れる川土手の草むらに無造作に放置されていた段ボールに入っていたのは、5匹の子猫。

 その内3匹はもう死んでいた。  

 生きている2匹を保護しようと手を伸ばしたが、その内1匹はどこかへ走り去って行って捕まえられなかった。

 やっとのことで保護した最後の1匹の子猫は、まだ産まれて間もない目も明かない赤ちゃんである。


 藤江周ふじえあまねは手の平にすっぽり収まってしまうほど小さな命を段ボールの中に戻し、箱ごと持ち上げた。

 家に持って帰ったら何と言われるだろう?

 義姉のことだ、また拾ってきたの? と笑うだけだろう。

 あるいは、周君って本当に優しいのね、と微笑んでくれるかもしれない。


 兄は……どうでもいい。

 あの人は仕事以外のことになんて興味がない。

 自分の家に何人暮らしているかすら、もしかしたら把握していないかもしれないような人なのだから。


 この子猫は生き伸びてくれるだろうか? 

 少し危ぶみながら自宅マンションに戻る。

 エレベーターに乗って5階で降り、共用廊下を歩いていた時、周は実に奇妙な光景を目にした。


 隣の部屋のドア前に、男性が1人いわゆる体育座りでしゃがみ込んでいた。

 その傍には現在周が飼っている、メイと名付けた茶トラの子猫。

 この猫もつい一ヶ月ほど前に拾った捨て猫だ。彼は猫じゃらしを振り回しながら、自分の飼い猫と遊んでいる。

 

 確か隣室の住人だ。名前は……確か、父親だという人から『アキヒコ』と呼ばれていなかっただろうか?

「……こんにちは」

 なんでわざわざこんなところで? 周は怪訝に思って声をかけた。

 それにしても奇妙な画だ。

 わりといい歳をした大人の男が、玄関前で座り込んで子猫の相手をしているとは。

「おかえりなさい」

 男性は愛想良く、にっこり笑ってくれた。

「あの……」思わず周は男性に声をかけた。「何、してるんですか?」

 今度は心外だ、という顔をする。

「何って、メイちゃんと遊んでるんだけど?」見ての通り。

「いや、何もそんな場所で……」

「だって」と、男性は子供のように唇を尖らせて答える。「閉め出されたんだもん、仕方ないよ」

「閉め出されたって……」

「僕、家の鍵持ってないんだよね。お父さんを怒らせることしちゃって叱られて、しばらく外に出て反省してろってこの有様なんだ。そしたらメイちゃんが慰めに来てくれたんだよ、ね?」

 子猫はニャアと鳴いて男性に飛びつく。


 着ているものは学生服でも、子供服でもなく、スーツにネクタイである。どう見ても社会人だろう。

 そんないい歳をしたであろう大人の男性が、父親に叱られ家から閉め出された?

 冗談だろう、おい。


「あの、良かったら家に上がりませんか?」

 周は思わずそう申し出た。

 今日は朝から冷たい雨が降り続け、気温はかなり低い。

 外でじっとしているのは辛いだろう。

「ほんと? いいの?! ありがとう~」

 実を言うと寒かったんだよね、と男性は子猫を抱いて立ち上がる。

 そして気がつく。背が高い。

 周は鍵を取り出してドアを開けた。


 今日、この家には自分1人だ。

 兄はどうせ仕事で帰らないし、義姉は実家だ。

 拾ってきた段ボール箱をリビングに運びこみ、ここはお茶の一杯でも淹れるべきだろうと台所に向かう。

 自分でも少し不思議な気分がしている。他人を家に入れるなんて。

 なんとなくだが、この男性はそう警戒しなくても良さそうだと思った。

 もしかしたらその話し方の柔らかさのせいかもしれない。

「へぇ、同じマンションなのに間取りが全然違うんだね」

 男性はめずらしそうに室内を見回している。


 彼の腕に抱かれていた子猫は、ぴょいっと床に飛び降りると、どこかへ行ってしまった。

「あれ、子猫ちゃん拾ってきたの?」

 男性は段ボールを覗き込んで言った。

「ええ、まぁ……」

「……動物病院に連れて行った方がいいんじゃない?」

「え? どうしてですか」

「目、たぶん病気にやられてるよ。結膜炎か何かじゃないかな」

 全然気付かなかった。まだ産まれたばかりだから、目が空かないのかと思っていた。

 それに、よく考えてみたら少しも鳴き声がしない。

 かなり弱っているのだろう。


 周はふと時計を見た。

 近所の動物病院はもう受付時間を終了している。

 まだ診察してくれる病院はあるのだろうか? 

 周が悩んでいる間に、男性はポケットからスマートフォンを取り出して、どこかへ電話をかけ始めた。

「……はい、じゃあ、これから伺います」

 通話を終えると男性は、行くよと周に声をかけた。

「行くって、どこ……」

「動物病院だよ」

 言うが早いか彼は段ボール箱を持ち上げて外に出る。

 周はコンロにかけたやかんの火を消し、慌ててその後を追った。


 男性は駐車場に向かうと、マツダアクセラの運転席に乗り込んだ。

「乗ったらちゃんとシートベルト締めてね」

 この男性、言動はかなり怪しいが実は親切な人のようだ。

 周は言われるままシートベルトを締め、子猫の入った段ボール箱を膝の上で抱えた。


 この雨の中、自転車を漕いで診てくれる動物病院を探すのは骨が折れる。車を出してもらえるのはありがたい。

「あの……高岡さんですよね?」

 周はハンドルを握る男性の横顔に話しかけた。

 確か隣室の住人はそんな名前だった。

「ううん、僕は和泉。和泉彰彦っていうんだ」

「え?! だって、初めて会った時に親子だって……」

 和泉と名乗った男性はくすくす笑うと、

「正確にはお互いに親子みたいな存在、だよ。聡さん……高岡さんは、僕の職場の同僚で大先輩なんだ。いろいろ事情があって居候させてもらってるんだけどね。あ、今いい歳してるくせに居候って何だよって思ったでしょ? 実を言うと僕、こないだ奥さんに逃げられて、何から何まで全部持って行かれちゃって、一夜にしてホームレスになっちゃった訳なんだ。で、困った挙句お父さんに頼ったという事情なんだよね」

 なんか今、すごい経緯をさらりと話したぞ、この人。

 しかし和泉は何も気にしていない様子で、

「君は名前なんていうの?」

「……周、です。藤江周」

「周君か。よろしくね」

 車を走らせること約20分。普段の周の生活圏内にはない場所に来た。

『吉島動物病院』の看板がかかったその病院は、まだ明かりが灯っていた。

「……大丈夫、悪いウイルスには感染していないようです」

 そう言って獣医はお湯を含ませたガーゼで目元をぬぐってくれた。

 生後約1週間の子猫は寒さと空腹で ぐったりしているようだが、目のまわりに触れると短く鳴いた。

 周は病院から蚤を落とす薬品と、子猫用のミルクを買って自宅に戻ることにした。


「いろいろありがとうございました」

 帰りの車の中、周は和泉に言った。

「……この子猫ちゃんは幸せ者だよ、君みたいな優しい人に拾ってもらえて。もしかしてメイちゃんもそうだったのかな?」

「ええ、まぁ……」

「元気に育つといいね」

 この人、優しい良い人だな。

 まだ当時、和泉のことを何も知らなかった周は純粋にそう思った。



まだ続きます。

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