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八十九話 ミディエスという少女

 月日が経ち、ミディエスの友達であるパノリマは、レムシトロークの王都騎士団へ入団試験に合格した。

彼女の実力ならば、もっと大きい大陸の王都騎士団に入れると惜しむ声がいくつもあった。

そんな声を無視して、パノリマがそこを選んだのは、ミディエスが関係している。


「ミディエスは、この学び舎を出たらどうするんだ? 」


「え? うーん…ここに残ってケドキロスのお手伝いをしようかな? 」


「そうか……では、私はレムシトロークの王都騎士団に入団しよう」


ミディエスとこのような会話をし、パノリマは自分の進路を決めていた。

パノリマは、ミディエスに何かあったときに駆けつけれるよう、学び舎に一番近いレムシトロークの騎士団を選んだのだ。

そんなパノリマにミディエスは、自分のことは気にしなくて良いと内心おもっているものの、彼女が近くにいてくれるのが嬉しかった。





 レムシトローク王都騎士団には制服があり、武器や防具も支給される。

着用の義務があるのは、制服のみであるため、武器と防具を持参しても良いと定められていた。

パノリマは、武器である剣を持参するつもりで、その剣をミディエスに選んでもらおうと、ミディエスを連れてファプタリスに来ていた。


「わあ…いっぱいあるね…」


ファプタリスにある武器屋に入ったミディエスが、その店の品揃えの多さに感嘆の声を上げる。


「ああ、この店でいい剣がないか探すか」


「うん」


ミディエスとパノリマは、共に店内を歩き出す。

すると、ミディエスの足が止まり、武器が置いてある棚の一点を見つめていた。

パノリマは、彼女が良い剣を見つけたのだと、その視線を追っていくと――


「…はは! ミディエス、私に斧を持たせたいのか? 」


戦闘用に作られた斧である、戦斧が置かれていた。

その戦斧は、棚の隅に置かれており、周りの剣や槍に比べて積もっているほこりの量が多かった。

誰も手に取ることがなく、ずっと売られずに残っているものだと見て取れる。


「……」


ミディエスは、パノリマに声を掛けられたにも関わらず、ぼうっとしていた。


「はぁ…おい、ミディエス」


パノリマが、ミディエスの肩を揺さぶる。


「え? あっ…ごめんなさい」


ミディエスは、ようやくパノリマの声に気づき、つい敬語で答えてしまう。


「やっと戻ってきたか……で、斧か。斧といえば、斧士(ふし)物語…だったか? 」


「うん…主人公のデューイが使っていた武器だよ。あんまり見ないから、つい見とれちゃった」


ミディエスは、顔を赤くしながら、恥ずかしそうにする。

彼女は、たまにこうしてぼうっとすることがある。

この時は、斧が目に入ったため、その武器を使う少年が主人公の本について、思いふけっていた。

その本の題名は斧士物語といい、実在した戦士の戦いに少々の作り話を加えたものである。

その本の評価はというと――


「しかし、武器が斧とは…もの好きな戦士がいたものだ。本で出すときに、武器を剣に変えれば、少しは売れたのだろうな…」


イマイチであり、この作品を知る者は極わずかであった。


「そんなことないですっ! 剣っていうありきたりな武器じゃなくて、斧なのがいいのです! 一つ気に入らないのは、作り話らしき部分があまりにも多く、実際はもっと……」


ミディエスが、パノリマに詰め寄り、斧士物語について熱弁する。

彼女は、無類の本好きであり、読む本は主人公が国や姫を守るといった物語ばかりであった。

斧士物語にも、その要素が含まれており、物語の最後に主人公と結ばれることになる女魔法使い、彼女を主人公が守りながら戦う描写が多い。

ミディエスは、名立たる本を差し置いて、この斧士物語が一番のお気に入りであった。

世界広しといえど、この本を好んでいる者は、ミディエスしかいないだろう。


「わかった、わかった! 帰ったら、たっぷり聞いてやるから、今は剣を探してくれ」


「――で、一番好きなところは……あ、ああ、剣を探しに来たんだったね」


パノリマが、語り続けるミディエスを止め、再び剣を探し出した。


「うーん……あっ! これが良いと思うけど、パノリマはどう? 」


「おおっ! 良いのがあったか! どれどれ…」


パノリマは、ミディエスが指を差す剣を手にとった。

刃が両側にあり、鍔が横に広がっているため、十字架のような輪郭をしている。


「店主よ、少し振ってみてもいいか? 」


「はい! ぜひ振って、感触を確かめてください」


店主は、ニコニコと微笑みながら、パノリマに答えた。

店主の了承を得たパノリマは、剣を片手に持ち、縦や横、あらゆる方向に剣を振った。


「うん! いい感じだ! ありがとう、ミディエス。おまえを連れてきて良かった」


「どういたしまして。でも、わたしがそれを選んだのは、その鍔に付いている青い宝石が綺麗だったからなんだ」


「なに? 宝石? 」


パノリマは、剣の鍔に目を向ける。

そこには、宝石らしき物は見当たらなかった。

そこで、剣を引っくり返すと、鍔に青い宝石が付いていた。

その剣には、片側の鍔だけに青い宝石らしき物がついているようだった。


「ああー、お客様、その青い物は宝石でなく、宝石を模した石なのですよ」


店主がミディエスに説明する。


「えっ? そうなのですか? 」


「はははは! 本当に宝石だと思っていたのか、おまえは」


「うっ…ううぅ」


ミディエスは、顔を真っ赤にして俯いた。


「よし! ミディエスが選んだ剣だ。この剣を頂こう」


「ありがとうございます! 」


パノリマは、剣の代金を店主に支払い、ミディエスと共に武器屋を後にした。





ファプタリスを出たミディエスとパノリマは、リペイオンの丘を目指して歩いていた。

その道中に、いくつもの小さい町や村を見かけることができる。


「今日の夕食は何にしようか。途中の川で魚でも捕るか、ミディエス」


「……」


「ん? どうかしたか? 」


パノリマは、返事をしないミディエスに(いぶか)しむ。

ミディエスは、遠くの方、そこにある村を眺めていた。


「……!? 」


すると、ミディエスはその村の方へ走り出した。


「お、おい! ミディエス! 」


パノリマは、慌ててミディエスの後を追った。

ミディエスの両足は、異形の姿をしていない。

そのため、彼女の思うとおりに動かすことができる。

しかも、本気を出せば学び舎の誰よりも速く走ることができ――


「はぁ…はぁ…相変わらず足の速い……」


ミディエスは、速度を緩めることなく走り、パノリアとの距離をどんどん離していく。

学び舎最強のパノリマでさえ、ミディエスの足には勝てなかった。


「はぁ…あいつめ、何かあったら教えるよう、いつも言っているのに……早まるなよ」


パノリマは、既に判別できないほど先に行ってしまったミディエスの後を追う。

ミディエスが、全速力で走る時は、誰か窮地に陥っている時なのだ。



 ようやくミディエスが向かったとされる村に、パノリマは辿り着いた。

村には、村人が逃げ惑い、火が付けられたのか燃えている家もあった。

この惨事の原因らしきものは、すぐに分かった。


「盗賊だと? 騎士団の連中は何をやっていた! 」


パノリマは、逃げる村人を剣を片手に追いかける男達の姿が目に入った。

一人の男が、硬貨の入った袋を持っているため、パノリマは彼らが盗賊であると判断した。


「うわああああ」


すると、今にも盗賊に切りつけられそうな村人が目に入り――


「はあ! 」


「ぐああ!? 」


盗賊の背後に回り込み、その背中をミディエスに選んでもらった剣で切りつけた。


「今のうちに早く! 」


「ああっ! ありがとうございます! 」


村人は、パノリマに礼を言った後、立ち去った。


「ミディエスはどこだ? 」


パノリマは、村人に襲いかかる盗賊を切りつけながら、ミディエスの姿を探すと――


「へっへっへっ……」


「くっ…うう…」


明らかに村人ではない者の剣を、ミディエスが短剣で受け止めていた。

その短剣は、護身用に持たされている武器であるが、このように人と戦うことは想定されていない。

従って、ミディエスは不利な状況に陥っていた。


「ミディ――」


「へっへっ……待ちな! 」


ミディエスに駆け寄ろうとしたパノリマの前に、盗賊達が立ちはだかった。

前だけでなく、後ろにも盗賊が現れ、パノリマは囲まれてしまう。


「お嬢ちゃん、けっこうやるじゃねぇか。でも、この人数相手に勝てるかなぁ? 」


パノリマの前に立つ盗賊が、ニヤニヤと笑いながら言った。

他の盗賊達も下品な笑い声を上げる。


「愚問だな」


「…!? こ、こいつ! ぐわぁ!? 」


パノリマは、一歩前に踏み込み、前方にいた盗賊を切りつけた。

油断しきっていた盗賊は、剣を構えることなく切りつけられ、仰向けに倒れる。


「ふっ! はっ! 」


「ぎゃあ! 」


「がああ! 」


間髪入れず、切り伏せた盗賊の両隣にいた盗賊を交互に切りつけ――


「はあああ! 」


「「「ぎゃあああ! 」」」


素早く振り返り、後ろにいた盗賊達をまとめて切り倒した。


「ふん! 雑魚が…ちゃんと剣を習っていないから、そうなるのだ」


倒れた盗賊達を一瞥した後、パノリマはミディエスの元に向かい――


「はあ! 」


「ぐおっ!? 」


ミディエスに襲いかかっていた盗賊を切り伏せた。


「ありがとう! 」


「お、おい! どこに行くんだ! 」


助けられたミディエスは、ある場所を目指して駆け抜けた。


「どこへ……って、まさか! 」


パノリマは、ミディエスの向かった先を思い当たり、そこに目指して走った。

パノリマが辿り着いた場所は、燃え盛る家の前であった。

その家は、一階建てで、周りの家よりも少し大きかった。


「ま、待て! まだ盗賊達がいるかもしれんぞ! 」


「でも、中にまだ坊やが! 」


その二人の声を聞き、パノリマは声が聞こえてきた方を見た。

そこには、進もうとする女性とそれを止める男性の姿がそこにあった。


「坊や……あいつ、この中に子供がいると知って……」


パノリマはそう呟き、自分も中に入ろうとするが――


ゴオオオオ!


「くっ! これではもう中には入れん! 」


家の入口から炎は噴き出し、とても中に入れる状況ではなかった。

その燃え盛る家を前にして、パノリマはただ、中に入っていったであろう友達が出てくるのを待つことしか出来なかった。


「……おまえは、あの時もそうだ。危険が伴おうが、誰かを助けるために駆けつける……まるで、物語の主人公のように…」


パノリマは、ミディエスと友達になった日を思い出した。




 パノリマは、幼い時から剣術に長け、同年代はおろか年上の子供達よりも腕が良かった。

ケドキロスを初め学び舎の子供達は、彼女を褒め、自分もそうなりたいと目標とした。

しかし、年下のパノリマが、自分達よりも強いことが気に入らない子供達も少数存在した。

やがて、その子供達はパノリマへ、嫌がらせをするようになった。

いつも人目につかないところで、パノリマに嫌がらせをするので、誰も気づくことが出来なかった。

その嫌がらせが続く日々を過ごし、とうとうパノリマは追い詰められてしまう。


「もうやめてよぅ! 謝るから許してぇ! 」


パノリマは、年上の子供達に泣き叫ぶ。


「許して? はっ! 別にあんたに許して欲しくてやってる訳じゃないんだよ。ただ、この学び舎から出てって欲しいだけ」


「「そうだ、そうだ! 」」


年上の子供達が、パノリマに詰め寄る。


「ううっ…やだぁ…一人じゃ生きていけない…」


パノリマは抵抗することなく、頭を抱えてしゃがみこんだ。


「そうよ…死ねって言ってるんだよ! 」


年上の子供の一人が、持っていた木の棒を振り上げた。

その時――


バシャ! バシャ! バシャ!


「うわっ! 冷た!? 」


「み、水魔法? 」


「冷た……誰? 出てきなさい! 」


年上の子供達の頭の上で、水の玉が弾けた。

年上の子供達は、頭に水を被せられ怒り出す。


「うわああああ! 」


その年上の子供達に向かって、両手をぐるぐると振り回しながら、突っ込んでくる小さな子供が現れた。


「痛っ! 何よ、こいつ! 」


「ま、待って! 」


その小さな子供に、木の棒を振り下ろそうするのを別の年上の子供が止める。


「は? って、こいつ、ミディエスか! まずい! こいつに手を出すと先生が出てくる」


木の棒を持っていた年上の子供が、その小さな子供の名前を呼んだ。

パノリマは顔を上げた。

ミディエスと思わしき小さな子供が、年上の子供達の前に立ちはだかり、自分を守るよう手を広げていた。

その時のパノリマは、彼女のことを知ってはいるが、いつも包帯を巻いていて、大人しい子という認識しかなかった。


「くっ! いつも本ばかり読んで、何を考えているか分からない! 行こ! 」


年上の子供達は、ミディエスを異物を見るような目をして睨みつけた後、この場から立ち去った。

その後ろ姿が見えなくなるのを確認した後、ミディエスは振り返り――




「オレは、おまえを死なせない…だったか? 」


燃え盛る家、その入口から勢いよく飛び出してきたミディエスを受け止めながら、かつて彼女が自分に向けて言った言葉をパノリマが呟いた。


「ふぅ……そうだよ。斧士物語の中盤で、病気になった仲間に、デューイが言った言葉だね」


ミディエスは、パノリマの抱きとめられながら、微笑んだ。

そのミディエスの左腕には、スヤスヤと寝息を立てる赤子が抱えられていた。




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